Thursday, December 22

小さな島

昨日は、仕事の関係で、市内から飛ばせば30,40分で着く港からフェリーに1時間乗って隣の国の小さな島へ。

2時間もあれば車で一周できるサイズの島です。10年ぐらい前まではぱっとしなかったらしいですが、その後、特別自治区、フリーポートになったこともあり、思ったより活気のあるきれいなところでした。アルコールが買えて、飲めて、カラオケやパブもあり、しかも物価も安く、こんな小さな島ですが、ちゃんと国内空港もあって、アジアの格安航空会社も参入している、ということで、週末を中心に日帰り、1泊程度で遊びに来る人が多いようです。すぐ近くの無人島までいくと、珊瑚礁や色とりどりのお魚などが、シュノーケリングでも十分楽しめるということです。小さいながらも、水族館やバード・パークなどもありました。日本との関係では、Surrender Pointがあり、慰霊訪問なども行われているところです。現在の産業はやはりオフショアから産出される石油、ガス、メタノールといった資源への依存は大きいようですが、観光にも力を入れていて、少なくとも、この国よりは成功している印象を受けました。地方政府だった組織を半官半民にして、商業ベースの事業に大々的に関与できるようにして、開発部門に特化した結果が現れつつあるようです。

フェリー乗り場の横にあったデューティー・フリー・ショップ。入り口付近の目立つところに、梅酒、日本酒のミニボトル、ハチミツ酒などが置いてあって、驚いていたら、このショップの経営者の奥さんは日本人。島で10人程度の在住邦人の1人でした。

小さな島から再び小さな国へと戻ってきました。そして明日から、一気に20度以上の気温差がある日本に一時帰国。明日から1月3日までは、また、このブログもお休みします。

Tuesday, December 20

ソフトシェルクラブ・スシ

昨夜は、先日からずっと、いちど一緒に試してといわれていた、日本食レストランへ。
ドアを開けると「いらっしゃいませ」。

数年で何度もオーナーが変わっているお店ですが、今回は、珍しく評判もよく続いています。というのも、当地唯一の日本人シェフ(板前さん?)が調理場の責任者だからのようです。ただ、そんなにおいしくなかったという話も聞き、これは逆にいうと、和食らしすぎて受けない、という可能性もあるのかと思っていました。

いわゆる回転寿司スタイルと普通の定食・居酒屋系メニュー。お寿司を運ぶのは汽車です。これは、他のお店でもあります。メニュー選びは彼女にお任せすると、最初にこれはどう?といったのは、「ソフトシェルクラブ・スシ」。そもそも、こういうものがメニューにあるところが・・・。スシと名が付けば、立派な和食、と思われているようなので、これは和食というよりフュージョン、というと、じゃあ、このJapanese Spring Rollは、といわれました。そもそも、春巻は中華料理。確かに、春巻は日本の食卓でもおなじみ。かといって、ベトナム風生春巻きぐらい違えばよいのですが、あえて和風、というほどの特色があるのでしょうか。結局、彼女が選んだのは、ソフトシェルクラブにエビ天ぷらというフュージョン・タイプのお寿司と春巻とお好み焼き。すごい取り合わせです。量が多いので、とてもこれ以上頼めませんでした。それでも、確かにお味的には、意外にちゃんと日本食でした。メニュー、食材、プレゼンテーション、アレンジは、相当こちら風になっていますが、他のお店に比べればいい線をいっています。少なくとも、リゾート・ホテルの摩訶不思議な懐石もどきに比べれば、庶民的な味ですが、おいしく食べられました。

ソフトシェルクラブ・スシをいただいて、日本のおしゃれな和食ダイニングで、アボカドなどを使ったまさにここで主流なタイプに近い変わり太巻きの盛り合わせに、からっと揚げられた小さなカニが、飾られていたのを思い出しました。その盛りつけはまさに南の島風。あれも和食というのであれば、これも立派な和食、なのかもしれません。

Monday, December 19

7人姉妹と6人姉妹

土曜日に夕食に誘ってくれたのは日本語ぺらぺらの中国系の友人。

日本語学習熱はかなり高く、日本語を習ったことがある人は山のようにいるのですが、彼女のレベルまでしゃべれる人は少ないです。今は日本語を教えている彼女、生徒さんは20人もいるそうです。実は、二足のわらじで妹の経営しているお花屋さんのビジネスも一緒にやっているとのこと。そこで、何番目の妹という話題に。彼女は7人姉妹の一番お姉さん。いかにも長女という感じのしっかり者です。一番下の妹とは14歳も離れているといわれてびっくり。SK IIのマスク、レーザーでのシミ取り、プチ整形など、結構きれいにお金をかけているので若く見えますが、意外と年上だったことにまたびっくり、でした。彼女を筆頭に全員独身で一緒に住んでいるというのですから、にぎやかさを想像できます。

日曜日のお茶に呼ばれたマレー系の友人も8人兄弟姉妹で、彼女のところは姉妹は6人で、一番下。二人の友人の年はおそらく一緒ぐらいですが、確かに彼女のほうがいかにも末っ子の雰囲気です。珍しく、政府借り上げの大きなおうちに一人暮らしをしていますが、彼女のお父様は、6人姉妹のためにすでに土地を準備しているそうです。住宅建設用に整地中で、そのうち、6等分された土地にそれぞれ一軒家を建築予定。共同のプールをつくろうとか、いろいろ夢はふくらんでいるようです。これもまたにぎやかな雰囲気になりそうです。ただ、今住んでいる場所が気に入っているので、建てた家を貸してここにそのまま住もうかな、などともいっていましたが。

その後、夜は、ダンスのスタジオでのクリスマス・パーティー。中国系の友人の「おばさん」にあたる友人が来ていました。彼女も姉妹が多ければ、彼女のお母様も兄弟姉妹が多く、この「おばさん」はその一番下の妹。そうなると、「おばさん」と「姪」でも年が近く、自分の一番下の妹よりはずっと身近だったりするわけです。

小さい頃は一人っ子にあこがれたこともありましたが、大人になると、兄弟姉妹はやっぱりいいなと感じます。日本では子どもを大勢持つということはすでに贅沢。いろいろな意味で余裕のあるこの国だからこそ、7人、8人兄弟姉妹もごく普通なのでしょう。ただ、最近はさすがに子どもの数は減少傾向のようです。そういえば、7人姉妹も6人姉妹も、まだシングルが圧倒的に多いようなのも、ちょっと気になるところです。

Saturday, December 17

11年ぶりの再会

昨夜はタイ人の友人とうちで夕食。
外交官の彼女、海外生活や外国人の友人が多いのは当然なのですが、ちょっと不思議で、素敵な話を聞きました。

大学入学前に英国で語学学校へ。
英国の語学学校といったら、日本人がいないところを探すのは難しいぐらい。彼女の行ったスクールでも、日本人は大勢いたようです。そのうちのひとり、ある商社からの派遣で来ていただいぶ年上の男性とよい友人関係となった、とのこと。日本人の中でも、彼女によく話しかけてきたのは彼だけだったそうです。ちなみに、彼はハンサム、彼女も今よりだいぶ若くさらにきれいだったと思うので、想像ですが、お互い、いろいろな気持ちはあったのでしょう。

コースが終わり、その後、ずっと会うことはなかったものの、男性はまめに「手書きの絵」が入った年賀状などのカードを送ってきたそうです。もちろん、まだメールなどない時代の話です。この「手書きの絵」というのはやはりポイントが高かったようです。

英国の大学にいっている間、出張で来た彼と会ったことも一度はあったものの、何年か経つうちに、連絡先がわからなくなり、お手紙のやりとりは途絶えてしまったそうです。そうこうしているうちに、彼女は外交官生活に。ふとしたきっかけで、彼の勤めていた商社の支店に連絡をとると、ちょうど異動したあとでまたすれ違い。それでも、彼のことを懐かしく思った彼女は、部署もわからないのに本社宛に名前だけでお手紙を出したそうです。その結果、数年ぶりにメールで返事が来て、やりとりが復活。

今度は、彼女が日本に遊びに行くことに。帝国ホテルのロビーで待ち合わせ。11年ぶりの再会だったそうです。一緒に付いてきた友人には、11年も経っているのだから、あまり幻想を抱かないように、すごい太ったおじさまになってるかもしれないし、などといわれたそうです。それでも、もちろん、年はとっていたけれど、そんなに変わってはいなかったそうです。彼は、結婚して、離婚して、でも、前の奥さんとはお友達のような関係で、商社はやめて自分で会社を起こして、といろいろな変化が。彼女は、前の奥さんの住んでいるうちにも招待され、前の奥さんにも「あなたのことはよく聞いていた」といわれ、とても気があい、お互い初めて会った気がせず、そのうちに1泊泊まることになったそうです。

その後、忙しくて、最近は、また数ヶ月メールのやりとりもしていない、といっていました。

何とも不思議な感じでした。
細く長く、大切に暖められてきた思い出と友情、というのでしょうか。
11年ぶりの再会のときのドキドキ感。前の奥さんとの初顔合わせ。3人の不思議なお友達関係。
実は、まだ、語られていない気持ちの部分もあるのかもしれませんが、普段落ち着いて物静かな雰囲気の彼女の饒舌さに驚きつつも、素敵な再会の話でした。

Friday, December 16

150人!

昨夜は、こちらの旅行会社で日本人向けツアーのガイドをしている日本人の友人と夕食。

旅行社というのは、まさに世間と逆の時期がかき入れ時なので、クリスマス、年末年始はばっちり仕事、一時帰国どころのお話ではないそう。それでも、それだけツアー客が来ているということは、ビジネスがうまくいっていて、彼女のお給料などにも反映されるのでしょうから、悪いことではないのでしょう。

来年もかなり忙しそうとのこと。いちばんすごいのは、なんと、150人のツアー!
もちろん、普通のツアーではそんな人数はあり得ません。保険だか商品だか販売をするような会社の成績優秀者のための社内旅行、のようなものらしいです。宿泊は、街中にある唯一のヨーロッパ系チェーン高級ホテル。そんなに大きいところではないので、半分どころか、2/3近くの客室が埋まるという感じでしょう。それにしても、150人。在留邦人の数が100人のこの国で、住んでいる人の数の1.5倍が訪れるというのだからすごい話です。

一時期週2便程度関空に飛んでいた直行便は、現在休止中。チャーター便実績も今年はゼロ。それでも、このレベルで人が来るようになるのであれば、定期便はともかくチャーター便復活ぐらいはあり得るかも・・・とちょっと期待しています。

ちなみに、昨年末にはチャーター便がありました。基本は、日本から出るツアー客を乗せるということでした。こちらからも、空気を乗せていくのはもったいない、とツアーやフライトの販売がギリギリに行われて、それを購入したのですが、ふたを開けてみると乗客は私を含めて5名。しかも、そのうちひとりは赤ちゃん。エコノミー・チケットでしたが、座席だけビジネスに自動アップグレードされました。ビジネスといっても、多少座席が広い程度。サービスはエコノミーと一緒の上、赤ちゃんが泣くので、エコノミーで自由に移動できたほうがよっぽどよかったという話もありますが。チャーター便はタイム・スロットもよくないので、関空に到着したのはかなり遅く、その日最後の便。入管を通過しようとしても事務所以外は人がいないし、税関でも、あぁ、あの5人しか乗っていない便ですね、どうでした?などといわれてしまい、何ともいえない気分でした。

そんな状態だったせいか、今年は、GWに予定されていたチャーター便も集客できず直前にキャンセル、年末年始もキャンセルでした。

この150人が年末年始に来てくれたら、快適とはいいませんが、割安のチケット、少なくとも最短距離、5時間の空の旅で、日本に帰れたのにと思ってしまいました。何といっても、直行便は魅力です。

Thursday, December 15

Calendar

この時期、そろそろ来年のカレンダーと並べて使い始める頃かと思います。

職場で愛用しているのはちょっとした書き込みスペースがある卓上カレンダー。
1ヶ月ごとで数字は小さめ、おまけにシールなどが付いているものがベストなのですが、そんなにカレンダーが豊富にあって、いただける環境にもなく、選んで買うこともできないので贅沢はいえません。

今年使っているものは、日本の新聞社のもの。来年のものは、とりあえずこちらのToyotaのディーラーからもらったもの。Toyotaのものは、デザイン的にはなかなかよいのですが、書き込みスペースがほとんどないためちょっと不便。別のものがもらえたら取り替えようかと思います。ただ、書き込みはともかくユニバーサル仕様です。つまり、日本のカレンダーは、日本の祝日が赤くなっていますが、こちらで生活、仕事をする上では、日本のものよりもこちらの祝祭日のほうが重要。自分で赤丸シールを貼り付けるようになっています。ちなみに、日本のカレンダーは土曜日が青など別色になっていることが多いですが、それもありません。イスラム圏では、金曜日が休日、土曜日がワーキングデーのところが多いからでしょう。

来年の日本のカレンダーを見ると、祝日が見事に土曜日に重なっています。土曜日だと振り替え休日になりませんから、土、日が週休日の人たちにとっては、来年のカレンダーは最悪、ということです。基本的にこちらの祝祭日を休むので、来年は日本の祝祭日は一切関係なし、ですが、シールを貼ろうとして途中でストップ。そうでした。お月様が見えるか見えないかで変わるお休みばかりでした。せっかくのユニバーサル仕様の祝祭日シール。実は直前までわからないとなると役に立ちません。ポストイットのようにいったん貼っても貼り直せるようにしてもらわないと。

そういえば、ここではあまりカレンダーを見かけない気がします。カレンダーよりも、王様や家族の写真の印象が強すぎるからでしょうか。普通はこの時期お店で山積み、というイメージなのですが。一般に私たちの考えるカレンダーはイスラム暦と異なるので、おそらく両方併記のものが好まれるのでしょう。そうすると、毎年12月頃に来年用を、ということもなく、イスラム暦の年明け前に取り替えるということになるのかもしれません。

相変わらず、年の瀬の雰囲気がないのも、当然といえば当然、なのかもしれません。

Wednesday, December 14

いまだに車の運転はやっぱり好きになれません。

最初に乗っていたレンタカーで2回ほどこすって以来、なんとか無事に運転してきたのですが、週末、スーパーの駐車場の隅っこに停めたら、うまく出せずにガードレールのような部分にごつん。へっこむほどではなかったですが、さすがにスリキズ。今日は、workshopにお化粧直しのため連れて行ってもらっています。見積もりをとったらたいした傷ではないのですが、結構高いのでびっくり。車については、相場も何も全くわからないので、少なくとも2カ所のうち、多少安い方にお願いしています。きれいになって夕方までに帰ってきてくれればいいのですが。車がないとうちに帰ることもできないのです。

アジアの周囲の国と比較すると、格段に高級車が多いです。人気はレクサスとメルセデス。BMWなどもパラパラ。バイクは少ないです。先日、日本製バイクを一気に取り扱っているという会社の経営者の方に会いましたが、そのバイクの行き先は警察。つまり白バイです。あぁ、なるほど、という感じでした。カンボジアやベトナムなどでは、よく、家族全員が一台のバイクに乗ったり、ものすごい大荷物をくくりつけたり、明らかに重量オーバーでヒーヒーいっていそうなバイクを見かけましたが、そういうことは一切ありません。車が買える生活レベルなので、バイクは普及しないということなのでしょう。

日本でも「湘南」ナンバーがいいとか、数字へのこだわりは結構あると思います。前に香港に行ったときにも、1、8などの縁起のよい数字、ぞろ目ナンバーは高値で取引されて、そういう高価なナンバープレートをつけた車は、わざと目立つように駐車されている、と聞きました。こちらで数字の非常に若い(30番ぐらいまで)ナンバープレートをつけた高級車は王族関係者。そういう車は、ホテルでもショッピングモールでも、「No parking」「Reserve」とかなっているエリアに当然のごとくはいっていて停めています。高級車は高級車ですが、とんでもない色の車も見かけます。趣味の違い、といえば、それまでですが・・・。

ちなみに、私の車は、Toyotaのビッツ。中古だとメンテナンスに苦労するからとのアドヴァイスを受けて、新車を購入しましたが、この国のスタンダードからいけば中の中ぐらい、でしょうか。そうはいっても、車は高いお買い物。これまで、車と縁がなかったので、Toyotaの普通の車でこんなにするの、とびっくりしました。どちらにしても、これより大きな車や高価な車はとても手に負えないし、似合わないと思うので、分相応に。

車は便利だとは思うのですが、運転嫌いの私としては、早く車を使わないで済む生活に戻りたい、と思ってしまいます。

Tuesday, December 13

ドタキャン

前にドタキャンが多いと一度書いたことがありますが、また、です。
昨夜は仕事絡みのディナーに急遽2組+1人の計5名がドタキャンということで、人数あわせで出席することに。ディナーそのものは和やかな雰囲気で終わり、楽しいものでした。それにしても、直前のバタバタはひどかったですが。

もちろん、やむ得ない事情というのはあります。いきなり病気になることもあるし、ものすごく重大な仕事などが突然入ることもあります。それにしても、招待状が送られているような着席のディナーで、気軽に当日欠席、というのはやはり問題だと思います。あまり気乗りしない招待を受けても、その場ではっきり断れない国民性というのもあるようです。Noといえない人たち、です。

ドタキャンとともに気になるのは、アクションの遅さ。とにかく時間がかかります。たらい回しは日常茶飯事。やっと見つけたと思った相手にもいきなり逃げられたり。責任感が欠けています。このふたつ、ビジネスには致命的です。せっかく、投資を行うとしても、いくら督促しても返事は来ないし、ようやく来たと思ったら最後の最後でころっと態度が変わり、ハシゴを外されてしまう・・・。こんな状態はとてもビジネス環境がよいとはいえません。まぁ、この国に限らず、日本人にとってはあちこちで頭を悩ませる問題なのかもしれません。

ついイライラしてしまうことも多いですが、そこは大きく深呼吸。ある程度はアキラメとともに受け入れて、のんびり構えないと、ストレスがたまってしまいます。

Monday, December 12

王宮のお仕事

昨夜は、知り合いになって、実は同じ建物内に住んでいることがわかったドイツ人女性をうちに招きました。

彼女は、もう10年以上住んでいるということで、アパートができた当初からの住人。それなのに、今まで会ったことはありませんでした。それほど大所帯のアパートではないのですが、通勤の時間などが微妙に異なると、会わない人には全く会わないようです。彼女自身も、意外に住人を知らない、といっていました。彼女のようなごく一部を除くと、2,3年で皆出て行くので、入れ替わりが激しいせいもあるのでしょう。

もともとヨーロッパ系ホテル勤務なのですが、実は王宮とそれに付属するVIPハウスのハウスキーピングの責任者。王宮内の噂話なども聞けるかなと思ったのですが、国王のプライベート住居部分にいくことはめったにないということでした。今回は、そういう意味で、残念ながらおもしろい話はありませんでした。王宮は行ってみれば巨大ホテル。このホテルが王宮内のサービスをすべて取り仕切っています。外資系ホテルに一手に任せるというのは、他の国ではあまり一般的ではないと思います。確か、デンマークの王室のシェフは日本人で、もちろん、そういった形で自国民以外の人を重用しているケースはあると思いますが。ホテルとは関係ありませんが、同じドイツというつながりでは、国王のプライベート飛行機のパイロットは、ルフトハンザから来ているそうです。ちなみに、国王は自分でも操縦します。パイロットは4,5名で、4年程度で入れ替え。これは、最新技術に乗り遅れないようにするためだそうです。自国民では心配、自国民を育てるより外から連れてきた方が早い、という発想なのでしょう。

本当に、幅広く外国人労働者で成り立っている国だと感じます。彼女のアシスタントもインドネシア人とマレーシア人といっていました。王宮内ではかなりの数の人数が働いているはずですが、上の方にいる「公務員」たちを除くと、ほとんどが外国人なのでしょう。

2,3年のつもりが、思いもかけず、通算15年近くアジアで過ごしているという彼女。今年は、2年半ぶりにドイツにクリスマス帰国するとうれしそうでした。アジアでの生活があっているからこそ、シングルで10年以上もここにいられるのでしょう。それでも、いろいろと懐かしいものはあるようで、クリスマスマーケット、そして、パン、ハムやチーズ。ドイツから帰るときにはドイツパンを焼けるようにwholemealの粉を持って帰ってくると張り切っていました。来年にはおいしいパンのお裾分けを約束してくれたので、楽しみです。

Sunday, December 11

どこに行っても・・・

土曜日、スーパーでお買い物をしようと買い物かごを手にした瞬間に携帯が鳴り、それと同時に向こうから友人が手を振って話しかけてきました。

ちょうど電話をとってしまったので、友人にはとりあえず挨拶だけして電話を。その友人は、久々だったこともあり、しばらくしてからまた戻ってきてくれました。週末にスーパーやショッピングモールに行くと、だいたい誰か知り合いにあいます。この日も、最初に話しかけてきた友人を含めて2名。本当に、狭い世界です。

電話は、その日の午後にあるというSPAのイベントへのお誘いでした。ホテル内のSPAがリニューアル・オープンということで、スポンサーなのか、ある銀行のプリビレッジカードのようなものを持っている女性を対象に招待状を出していたようです。そんなに広くないホテルロビーが会場でした。ジンジャーベースのjamu(インドネシア語でハーブの意味らしいです) teaなどの飲み物とカナッペがサーブされる中、インドネシアのダンスのパフォーマンス。あとは、上の階のSPAルームの見学。おそらく普通のゲストルームを改造してつくられたSPAルームは3つ。それほど広くはありませんが、インドネシア風でいい雰囲気にはなっていました。イベントに来ているのは多くが中国系。やはりここにも見知った顔がパラパラいました。本当にどこに行っても・・・です。

夜には、CW LewisのNarniaを観にいきました。土曜日の夜ということもあり、映画館はものすごい混雑。友人が前日にチケットを買ってくれていたのでよかったのですが、もう満席。Narniaがいちばん人気で、買えなかった人は、まだ上映中のHarry Potterなど、その他のものに流れたようです。ここでもやはり知り合いに会いました。

土曜日にSPAイベントがあったホテルで、日曜日はCraft Fairをやると聞き、日曜日の午前中のぞいてみることに。アクセサリー、クリスマスデコレーション、カード、雑貨など、ストールの数はそれほどありませんが、思ったより楽しめました。そして、ここでも数人以上の知り合いが。

その後は、友人たちとランチの約束。ランチを終えて、友人たちと別れて、ショッピングモールをひとりでブラブラしているとまた別の友人たちが。

Small world!と驚くことも最近は少なくなってきて、ちょっと人出が多いところにいくと、誰か知った顔がいないかどうかつい見回してしまうようになります。

本当に、どこに行っても見知った顔が、と思うと、悪いことはできません・・・。

Friday, December 9

クリスマス休暇

昨夜は、今日からクリスマス休暇で英国に帰るという友人と、その友人たちと食事。
同じ建物に住んでいながらも、全然会っていなかったので、久々に会えたと思ったら、今度会うのはまた来年、という状態でした。

出発前日で大丈夫かしらと思っていたら、案の定、夕方になってから、パッキングや準備で大変だからやっぱり延期しない?というメッセージが携帯に。そもそも、帰国の前日だと聞いた時点で、こちらも忙しい時期だし、延期した方がよければしましょうといっていたのに、No problem!といわれたはずだったのですが。実は、ダンスのパーティーにも誘われていたので、ディナーがキャンセルならばそちらに行こうかと連絡をとっていたら、急に電話が。せっかく決めたし、どうせ夕食は食べなきゃいけないし、ほかのみんなへのキャンセルの連絡もまだだから、やっぱり行きましょうとのこと。ちょうどダンスに誘ってくれた友人にピックアップのお願いメッセージを出したところだったので、とんだお騒がせになってしまいましたが、もともとの計画通りディナーへ。

先日、ダンスのパーティーで使ったレストランが彼女のリクエスト。
雰囲気はいいのですが、お料理としては基本は中華で、お味もごくスタンダードなレベル。雰囲気がよい分、若干割高な感じもしますが、悪くはないお店です。ヨーロッパ系や、クリスチャンの中国系のお客さんが多いこともあり、クリスマスツリーなど、ちゃんとクリスマスモードにはなっていました。

彼女は今日から3週間の休暇。うらやましい限りです。
といいながらも、クリスマス、年末年始をここでひとりはあまりにも寂しいので、私自身もクリスマス直前の23日から1月3日まで、再び一時帰国の予定です。一応、25日はこの国も祝日(クリスチャンの人口は極めて少ないはずですが・・・)、今年は日曜日なので26日が振り替え休日です。年末年始もあまり大きなお祝いはないのですが、少なくとも1月2日は休日。つまり、私の帰国日程は近隣諸国でちょっとクリスマスや年末年始を楽しもうという人たちの日程とばっちりぶつかってしまったため、フライトの確保は相当大変でした。

友人も今年のヨーロッパの寒さにはさすがにおびえていましたが(彼女の地元では雪が降ったそうです)、日本も寒いようで、この気温のギャップが少し心配です。それでも、ギリギリ間に合うクリスマスのイルミネーションなどが今から楽しみです。
南国のクリスマスツリーは、ないよりましですが、今ひとつなので。

Thursday, December 8

大雨と読書

ここのところ、毎日のように雷雨や大雨。
特に夜になるとものすごい雨が延々降り続けることが。
そのせいで電波の状況が極めて悪く、せっかく、ニュースを見ようとテレビをつけても真っ黒画面。インターネットもいつもに増して調子が悪くつながりません。こういうときは、大抵国際電話も不調。こうなるとものすごく隔絶された気分になります。退屈して早寝をすると、今度は、朝4時30分に早すぎるモーニングコールならぬコーランの音で起きて、そのまま眠れなくなります。

夜はディナーやパーティーの予定がなければ、読書の時間。
特に、テレビが真っ黒だと、もうそれ以外ありません。日本にいると毎日忙しく本を読むヒマもなかったのですが、こちらに来てから、ずいぶん読んだ気がします。ただ、本屋さんの数はものすご少なく、品揃えもあまりよくありません。もちろん、すべてが検閲済みのものしかありません。図書館も皆無に等しいので、読書家は、アマゾンなどを利用してネット購入するか、海外に出た際に購入するようです。ちなみに、ネット購入すると開封されてチェックされている、らしいです。日本語だったらどうなるのでしょうか・・・? そこまで本を買いたいという意欲もなく、しかも、やっぱり寝る前には気軽に日本語の本がよいと思えば、とりあえず、職場の小さな図書コーナーの本を片っ端から読むということに。

ちょうど新着でイスラムに関する本がありました。辞典風な読み物になっていて、中東のアラブ諸国に関してが中心なのですが、あぁ、なるほどということもたくさん。1年も経って今さらですが、これはこういうことだったのか、これは中東とは違うなど、勉強になりました。

印象に残った項目のひとつは、結婚と離婚。
英国人女性でモロッコ人と結婚、ポーランド人女性でマレーシア人と結婚しているカップルは、それぞれ、友人のほうはキリスト教徒のまま。英国人女性で改宗している人もいます。でも、日本人女性でムスリムと結婚している場合は皆改宗していて、それは日本人男性でも同じ。英国人男性がムスリムと結婚した場合も改宗しています。女性がキリスト教の場合は、改宗しなくてもいいと説明を受けて今ひとつ納得できていなかったのですが、要は、同じ神様でつながっているユダヤ、キリスト教徒の女性との結婚は許されているということ。さらに、ムスリムの男性には、女性を正しい方向に導き改宗させることは可能という考えからで、女性にはその力がないから、男性は(仏教などそもそも認められていない宗教はもちろんのこと、ユダヤ、キリスト教であっても)必ず改宗しなければならないと定められているそうです。有名な、男性は4人まで妻を持てることや、男性が3回「離婚だ」と叫べば離婚が成立することなどと同様に、女性の立場は弱いです。時代背景を反映した教えであったわけで、現在では、一夫多妻を法律で禁じているイスラム教国もありますし、結婚する時点で、離婚の際の慰謝料まで契約するという考え方は、ある意味女性の保護になるのかもしれませんが、それでも、やっぱり男性の方が優位な宗教なのだと改めて感じてしまいました。

今日も外は曇り空。また、夜には大雨かもしれません。
雷の音がすごすぎると、怖くて読書にも身が入りませんが。

Tuesday, December 6

National Day receptions

昨日は、タイの国王誕生日祝賀レセプション。
この国でレセプションと呼ばれるものに出席して、驚くことはいろいろあります。
もうさすがに慣れましたが、欧米の常識からも日本の常識からも相当ずれています。

まず、前に文化行事について書いた際に触れたように、「主賓」制度。
文化行事でもセミナーでもレセプションでも、必ず、王族か政府高官(内容によってレベルは変わります。ナショナルデーだと大臣。)がGuest of Honourとして出席します。Royal Galaだとか、patronであるとか、何か理由があれば理解できるのですが、特に理由もなく、必ず主賓が存在します。この主賓が到着するまで、少なくとも30分、ひどいときは1時間近く待たされるようにプログラムが組まれています。偉い人というのは、どこでも最後に到着するものなので、まぁ、30分ぐらいは我慢できる範囲ですが。

主賓到着後、行事が始まります。

スピーチがあるのは、普通。宗教色が強い行事や、ムスリム国主催の行事では、コーラン。これも、理解できる範囲。ナショナルデーであれば国歌演奏、これも別におかしくありません。そういえば、「乾杯」はありません。お酒がでないので、乾杯の音頭とか、乾杯の挨拶というのは存在しないようです。その代わりなのか、非常によく行われるのが、ケーキカット。結婚式じゃあるまいし、と思うのですが、ホストとゲストが一緒にナイフを握って、ナショナルデーの場合だとたいてい国旗を模した巨大ケーキをカット。その前を政府お抱え新聞社・テレビなどの記者が囲み、大臣などの主賓とホストの顔をアップで撮影します。そのあと、「わざわざお越しいただいた」主賓に対する記念品贈呈。この一連の流れがだいたいワンセットとなっています。最初は?が飛び交っていても、こういうものだと思えば慣れてきます。とはいえ、ケーキカットの習慣はいったいどこから来たのでしょうか。主賓は大抵が男性、ホスト側も大半が男性。そうすると、男性同士か、あるいはそれぞれの奥さんを含めた2カップルがともにナイフを手にするのですが、おかしな感じです。

アルコールはないので、甘い飲み物と食べ物は必ずでます。欧米のreceptionsのイメージは、カナッペなどのfinger foodがでる程度のカクテルか、drinksのみ、だと思いますが、ここでは違います。開催時間にもよりますが、ある程度の量(質ではなく・・・)の食べ物が当然でるもの、と期待されます。各国のナショナルデーのレセプションのような場でも、なんと、200~400人程度のゲストが来るにもかかわらず、着席で行うことも多いです。確かに、焼きそばやら野菜炒めやらの食べ物を盛った大皿を手に持ったまま立って食べるのは結構疲れます。それに、歌や踊りなどのエンターテイメントがある場合もあり、これを静かに観てもらうためには、着席にせざるを得ないというのもあります。それにしても、一言で言うと、「あか抜けない」receptionではありますが。ただ、日本人の主催でも招待状にはreceptionとあるのに、実際いってみたら着席ディナーだったという経験をしたことはあります。そのとき、同じ場によばれていた英国人の知り合いは、receptionだから、その後のdinnerと掛け持ちできると思って(しかも開始時間よりだいぶ遅れて)来たら、いきなり、席が用意されていたため面食らっていました。食べ物をたっぷりださなければ、というのはアジア的・・・なのでしょうか。

開始も主賓を待つわけですが、当然、主賓が席を立つまでは、お開きになりません。偉い人というのは、最初だけ顔を出して退出するもの、と思っていたのですが、そういうことはなく、しっかり最後までです。このお見送りをして、それに引き続き、ぞろぞろと皆が出口に向かっていきます。

郷に入っては郷に従え、ですし、欧米の習慣がスマートだと思ってしまうのも偏見になってしまうかもしれませんが、とりあえず、主賓制度とケーキカットだけはどうかと思います。

Monday, December 5

Harry PotterとDance Show

日曜日の午後は、まだ観ていないといったら、ランチをしてから映画という話になり、うちで簡単なランチをすませて映画館へ。後かたづけをしてからでないと、アリが寄ってきては大変と思い、お皿洗いなどでバタバタしていたので、映画館についたときは開始時間を15分ほど過ぎていました。

日本と違って、CMはほとんどないので、他の映画の予告編3,4本とCM1,2本ですぐに本編になってしまいます。映画館は全席指定。席に案内されると案の定もう始まっていました。実は、一緒に行った友人は3回目! 本当にいいの?、と聞いたのですが、ハリポタ好きらしく、前作も何度も観たとのこと。スクリーンを観ながら、大丈夫、まだ始まったばかりだから、といわれ、観始めました。今回のものは、UではなくPG指定と聞いていたのですが、結構怖いシーンもあり、確かにちょっと今までよりは小さい子ども向けではなくなった気がしました。思った以上に長かったですが、長さは感じさせず楽しめました。

映画から戻り、夜は、ダンス・スタジオの3周年記念ディナー&ダンスのパーティーへ。フィリピンから特別によんだという、アマチュア部門のラテンダンスのチャンピオンという女性ダンサーのパフォーマンスが売り物。確かに彼女のダンスは際だって上手でした。スタイルもよくて、セクシーなダンスのコスチューム(絶対に検閲ではOKがでないレベルです)も似合っていました。

いつものパーティーはスタジオ内かホテルなのですが、今回は、土曜日にオープンしたばかりという、レストランの上のファンクション・ルーム。中央にダンスフロアを設置した形でした。金曜日までまだ工事が終わっていなかったという、何ともこの国らしいのんびりさ。それでも、それなりに使い勝手もよさそうな形にはできていました。食事、パフォーマンスが終わると、いつもどおり、ダンスフロアをオープンに。ディスコ音楽なども交えつつ、Swing、Cha Cha、Mamboなどの曲が途切れなくかかり、盛り上がっていました。踊っている男性のほとんどはインストラクター。女性のほうが圧倒的に多いので、適当に女性同士でペアで踊ってみたり、輪になって盛り上がったり、もいつものとおりでした。せっかく来たのだから、楽しまなければ、という人が多くて、「踊らにゃ、損、損」というノリです。

日曜日ということもあり、あまり遅くならないうちに帰りましたが、いい運動にはなりました。

Saturday, December 3

Capital FM

一昨日から、いきなりCapital FMが入らなくなりました。

なぜここで英国のラジオ放送が聴けるのかはよくわからないのですが、車を運転し始めてからしばらくして教わり、ずっと流しっぱなしにしていました。車を購入したときには、カーオーディオまで全く頭が回りませんでしたが、標準装備ではラジオとテープしかついていなかったのです。いずれにせよ、運転を開始してしばらくは、「余計な音」など邪魔なぐらい(キーを回してエンジンがかかった瞬間から緊張していて、アクセルを踏んで発進してしまったあとに、エアコンのスイッチすら入れる余裕がなかったので)でした。運転にだいぶ慣れた頃、ふと気がつくと、車の中が静か。そこで、助手席に乗ってくれていた同僚がラジオをセットしてくれ、それ以来、ほぼエンジンスタートと同時に流れる状況になっていました。

聴くともなく音があるという感じだったのですが、一昨日、いつものようにエンジンをかけたら、耳慣れないクラシック調のアラブ的な音楽が。こんな番組あったのかしら、と思っていたら、このチャンネルはdisconnectedだというようなアナウンスが間に入ります。衛星放送も電話も、ときどき切れるので、そのたぐいかと思っていたのですが、今日になっても復活しません。どうも、何かもっと根本的な問題のようです。これも検閲の結果・・・なのかどうかは、不明です。

そういえば、一昨日、今週末に開催予定だったインドネシアかどこかのポップスのコンサートも中止になったと報道されていました。報道には、内務省がsecurity reasonsで取りやめにしたとなっていたのですが、これとも関係があるのかどうか。

昨日、他に何か聴ける番組はないかと探してみたのですが、見つからず。今どき、テープなんて、1本も持っていません。早くもう一度Capital FMが聴けるようになればよいのですが。

Friday, December 2

子どもたちとChristmas carol

昨夜は、海岸沿いのヨットクラブでのクリスマス・キャロルにChiorとして参加。
基本は子ども向け、ファミリー向けのイベントなので、開始も終了も妙に早いのです。
それでも、もちろん、あちこちでワインやビール、リキュールの缶やビンが空いていましたが。

それにしても、久しぶりにこんなにたくさん子どもを見た、という感じでした。
サンタも海からボートに乗って登場。子どもたちはプレゼントを配られ、大騒ぎ。
expatクラブなので、ほとんどが白人の子か、あるいは白人・アジア人のハーフ、多少は中国系の純粋なアジア人顔をした子がいるぐらいです。アジア系とのハーフで多いのは、英国人系パパにフィリピン人系ママ。ハーフの子たちのかわいらしさのレベルは、やはり高いです。

クラブに到着してすぐとりあえずビュッフェの食事をしていたのですが、食べ終われば帰る人も出てくるため、サンタ登場後しばらくして、インターナショナル・スクールの子どもたちによる演奏が始まりました。その後、続いて、クリスマス・キャロル。

毎年同じようなものを歌うし、誰でも知っているということで、練習もなし。
確かに、ジングルベルや赤鼻のとなかいなど知っている曲も多かったのですが、その場で初めて渡された歌詞カードを目で追いながらとりあえず10曲ほど歌いました。知らない曲もそれなりに。最初、クリスマス・キャロルを歌うと聞いて、もっと、聖歌隊的なイメージを思い浮かべていたのですが、本当に気楽なものでした。

キャロルが終わるとこれも恒例ということでミンスパイが配られました。

多くのexpatたちは、今週から来週にかけて、クリスマス休暇に出発します。
次に会うのは1月なので、12月になったばかりですが、別れるときの挨拶は、Merry ChristmasにHappy New Yearまで付け加わってしまいます。

暑くて、いくらサンタが現れても、ミンスパイをいただいても、いまひとつクリスマスの気分になれなかったのですが、Hugを受けながら、そんな挨拶を交わすと、今年も最後の月に入ったのだなぁと実感しました。

Thursday, December 1

Kampong Ayer

Ayer=水。水の村、つまり水上集落。
現存の東南アジア最大の水上集落で、現在でも3万人以上が生活しています。
政府は、安全面、衛生面から、陸上への移住政策を推進し、そのための住居を建設、提供しているようですが、水上集落での生活に固執する人が多く、定住者はなかなか減りません。

観光地ではなく、普通の住民の生活の場なので、知り合いがいるか、ツアーに参加しなければ家の中にはいることはできません。そのため、今までは外からしか眺めたことはありませんでした。

昨日は、青年の船参加者のホームステイを引き受けている友人が、カンポン・アイルに夕方から参加者を引き連れて行くということで、合流させてもらうことに。

まさに、水上に建てられている集落なので、交通はボート・タクシー。総勢10人以上のかなりの人数だったため、2台に分乗。これが怖いのです。モーターボートは超猛スピード。茶色い水しぶきがかかるのもイヤですが、乱暴な運転に振り落とされないようにしがみつきたくなります。そこらのジェットコースターよりも、よっぽどスリリングです。時に悲鳴をあげつつ、目的地へ。一応、住所もあるらしく、ところどころにあるボートの船着き場には数字が。木造の桟橋、通路で各家はつながっています。集落なので、住居以外にも、学校、モスク、消防署(水の上でも火事は起こるのですね。)などがあります。

見せてもらったおうちは、非常に伝統的、典型的なタイプ。最新の立派な家では、クーラーも衛星放送もあると聞いていたのですが、そこまでではありませんでした。長屋スタイルの開放的なつくりとなっているおうちは、どこも照明で明るく、ファンが回り、テレビからはマレーポップスが流れ、造花、写真などとにかく派手でにぎやかなデコレーション。国王の写真もあちこちに貼ってあります。靴を脱いではいり、リビング、キッチン、ドアの向こうにはベッドルームがあるという感じでした。ベッドルームはさすがにドアと壁で遮られていましたが、そのほかはすべてつながっている状態。どこまでがひとつながりなのかよくわかりませんでしたが、隣近所は皆親戚のようです。1軒のうちに住んでいる人数は20人ぐらいといっていました。7人、8人兄弟姉妹は当たり前のこの国らしく、そのおうちにも6,7人は小さな子どもたちがいたでしょうか。ちなみに、トイレは自然なスタイル、つまり、そのまま川につながっている・・・そうです。試しに使ったらといわれましたが、確かめにはいきませんでした。このことは前から聞いていたからこそ、かなり必死に水しぶきをよけていたのですが。

その後、移動して、ウェディング関連用品レンタル業を営んでいるというおうち、というかショールーム(?)に。花嫁・花婿が座る金のイスとそのイスを置くためのステージとバック、これまた金のベッドなど。いずれも、実際の結婚式や関連儀式に使うもので、カンポン・アイルの住民がレンタルして自分の家に運んで使うということでした。式場ではなく、こういうビジネスもあるのだ、と妙に納得しました。

あたりはすっかり暗くなり、木造の桟橋や通路はさらに歩きにくくなっていました。朽ちて穴や隙間が大きくなっているところもあり、慣れていなければ危険です。それでも、水に落ちる人はいないということでした。小さな頃から住み慣れているのと、酔っぱらうことがないからでしょうか。

夜間にボートタクシーを呼ぶときは、懐中電灯で合図をするそうです。確かに、対岸でも灯りがちらちらしていました。恐怖のボートで再び陸地側に戻り、その後、夕食をとるため、典型的なマレー料理レストランへ。

ここで、初めて、アンブイヤというサゴをお湯でといたどろっとしたノリ状のものを体験。正確にいうと2回目でした。一度、一口だけ口に運んだのですが、ソースがドリアン味。結局飲み込めなかったのです。この、アンブイヤ、割り箸を途中まで割ったような形の先割れ竹箸のようなものでクルクル巻いて、ソースをつけていただきます。ドリアン・ソースではないことを念押しして一口。ソースはかなりスパイシーでしたが、食べられないほどではありませんでした。ただ、結論からいくと、典型的マレー料理はあまり好みではありませんでした。オープンハウスでいただくときなどは、意外とおいしいと思うこともあったのですが、このレストランにもう一度来る気はしませんでした。味付けもあるのですが、ものによっては、お肉やお魚がかなり臭いのです。それでも、昨日は、pay dayだからということで、非常に混んでいました。混んでいるということは、やはり、この味が好まれているということなのでしょう。

その後、さらに、夜だけ開く遊園地に連れて行くというので、そこはパスして帰りました。

カンポン・アイルとアンブイヤで十分。いい体験ができました。
水しぶきはよけたとはいえ、早くシャワーを浴びたかったというのもありましたが。

Tuesday, November 29

Cruise

月曜日の夜は、東南アジア青年の船のレセプション。
日本の政府主催の東南アジア地域の若者たちの交流を深めるためのクルーズです。
あいにくの雨。一時期はワイパーがあまり役に立たないほどのストーム。
でも、心配する必要はなく、レセプションは船内でした。甲板だったらびしょぬれになるところでした。

レセプションでは、日本と東南アジア各国からの参加者は、それぞれお互いの民族衣装を交換したり、日本人参加者は途中寄港地のベトナムでおそろいで仕立てたアオザイを着ていたり、とても明るくにぎやかな雰囲気でした。この船のつながりはとても強いらしく、船のalumniの活動も活発で、参加者がその後リーダーとして参加することも多く、船に乗っていたということで日本・東南アジアあちこちに頼れる友人がいるということになるそうです。いくら7階建ての豪華客船とはいえ、航海中は船からは降りられないわけですから、ある閉鎖された空間、参加者が皆若いこともあり、いろいろとロマンスなどもあるらしいです。

船に乗り込むときには、かなり厳しいセキュリティ・チェック。そして、手の消毒。
鳥インフルエンザ流行地域を通ってきているのですから当然といえば当然です。
そういえば、SARS騒ぎのとき、日本に寄港した船がやはりSARS感染地ルートで到着し、SARS患者発生との連絡があり大変だったことを思い出しました。結局、SARSではなくて事なきを得ましたが、本当にヒヤヒヤしました。鳥インフルエンザは当地では発生していません。何事も後ろ手にまわりがちなこの国の政府も、近隣諸国のみならず世界的な注目に、さすがに最近はセミナーを開催するなど、対応策の検討を行っています。どの程度、有効かというのはまた別の問題ですが。

この日、あまり考えてはいなかったのですが、私自身も、以前ベトナムでオーダーメードしたワンピースを着ていました。布やデザインが日本人好みということもあり、いろいろな方にどこで作ったのか聞かれ、ベトナムと答えると、皆行きたいけれど今は鳥インフルエンザが・・・という反応。私自身も来年あたりまたベトナムに遊びに行きたいと思っています。その頃には少しはおさまってくれていればよいのですが。

船酔いが怖いので、船旅には躊躇もありますが、豪華客船クルーズはやはりあこがれです。
何年先、おそらく何十年先になるかもしれませんが、いつか余裕がでたときに。
そのときには、SARSも鳥インフルエンザも、そして新たな感染症も起こらないことを祈りたいと思います。

Monday, November 28

Jewellery & Classics

イベント続きの週末。

日曜日は、ローカル・アーティストの作品を展示販売する会を開いているおうちがあると聞いて、行ってみました。教えられたあたりまでたどり着いたものの、どのうちかわからず。そもそも、住所だけで、誰のおうちなのかすら忘れていました。どうしようかと一思案。あきらめて帰ろうかと思ったら、ちょうど、いかにもそのおうちから帰るという感じの白人のおばさま二人が車に乗り込んだのが見えました。とりあえず、聞いてみようと、慌てて車の窓を開けると、顔見知りではないと思ったのですが、向こうは知り合いに答えるように、あのうちよ、とほとんど何も聞かないうちに教えてくれました。土曜日のコンサートに来ていたのか、どこかで会っていたのか、向こうはこちらの顔を知っていたようで、当然目的地は一緒とわかってくれたようです。

チャイムを鳴らすとすぐに満面の笑みを浮かべて出迎えてくださったご夫婦。よく来られたわね、来られてよかったわ、と大歓迎。やはりコンサートに来ていたらしく、こちらは全然相手の顔もわかっていないのに、なぜか名前まで覚えていてくれました。コンサートに出演していた日本人はひとり。いちばん人数の多いソプラノのひとりとはいえ、プログラムの名前はアルファベット順で筆頭だったのと、目立つ名前だったので覚えていたのでしょう。

眺めのよい高台にあるおうちのリビングには、シルバー・ジュエリーやペーパー・クラフト、クリスマス・オーナメントを中心とした作品がディスプレイされ、飲み物やチーズ、ミンスパイ、チョコレートケーキなどのリフレッシュメントも用意されていました。作品はなかなかセンスがよく素敵。ただ、普段シルバーは身につけないので、デザインは気に入ったのですが、結局ハンドメイドの紙で作ったカードのセットだけ購入しました。中国系のアーティストの彼は、ボーダーを超えたお隣のマレーシアがベース。自宅を工房にして、ショップも持たず、自宅や友人宅等のみで販売をしているとのことでした。その後、友人もやってきて、結構皆クリスマス・ギフト用に買っていました。コーヒーやケーキをいただきおしゃべりしたあと失礼しました。とりあえず雰囲気を見に行ったという感じでしたが、日本でも十分通用するデザイン。シルバー・ジュエリー好きがいれば次回はプレゼント用に購入したいと思います。

そして、夜は、トヨタが東南アジア地域で隔年開催しているクラシック・コンサート。ハンガリーのオペレッタ・オーケストラ。まずは、リフレッシュメントから始まり、席に着くようにいわれてから30分後、ようやく、Guest of Honour到着、その後、スピーチが続き、チャリティーのセレモニーがあり、ようやくコンサート開始。おかしかったのは、オーケストラはステージ上にスタンバイしているのですが、その目の前、観客向きにセットされたイス。そこに、スピーチをする主賓やトヨタの関係者などが座ったのです。さすがにそのままコンサートが始まることはなく、もちろん、スピーチなど終了後、イスとその下の赤絨毯は撤去されましたが。

クラシック・コンサートのイメージを若干裏切る内容でしたが、楽しめました。こちら向けにアレンジされていたのでしょう。ソプラノとテナーの歌手が2人ずつ、さらに、ダンサーが4名。踊りあり、パフォーマンスあり、曲目も、クラシック以外にもミュージカル・ナンバーや地元の曲のアレンジも。というより、むしろ、そちらの方が多かったかもしれません。ハンガリーらしい曲には、民族衣装を身につけたダンサーたちのダンス。テンポのよい曲が多く、エンターテイメント性の高いコンサートでした。このコンサートはもちろん、検閲を受けています。明らかに、普通は身につけない長袖のレオタードをドレスの下に着ていたり、ロング・グローブをしていたり、ドレスの裾があまり上がらないように2重にされていたり、といった「工夫」が見られました。いろいろといっても、とにかく、久しぶりにオーケストラの音色を楽しめたことだけでも十分でした。

普段はなかなか楽しめないショッピングとオーケストラの両方を楽しめた貴重な日曜日でした。

red & gray

土曜日はChiorのコンサート。

結構人の入りもよく、楽しく歌うことができました。
共通してみんなが言っていたのは、練習した時間の割にあっという間に本番が終わってしまったということ。まだ、他の人たちはもう1回歌うチャンスがありますが、私は2回目には参加できないため、本当にこの1回切り。終わってからも、曲が頭をぐるぐる回るのですが、もうこうして歌うことがないのは(勝手に歌うことはもちろんできますが)残念でした。

おそろいのTシャツなどそろえることもあるらしいですが、今回の衣装は、トップはred、crimson、scarlet、ボトムは黒の指定。ショッピングモールに探しに行ったのですが、適当なものもなかったし、ムリに気に入らないものを買ってもと思い、手持ちのもので済ませることに。「赤」というのはかなり幅があって、くすんだ赤がbest、オレンジやピンクはダメ、と最初に言われた気がするのですが、ふたを開けてみると、当日はそれなりに色々。私は、ベロアのワインレッドのスリーブレストップにシフォンの黒スカート(実はダンス用)。一応、ムスリムのゲストもいるだろうけれど、プライベートな集まりだからノースリもOKとの確認はしてありました。全般に、いわゆる、「赤」のシャツやブラウスに、黒のスカートやロング・パンツが主流でしたが、ダーク・ピンク、ピーチ、オレンジも1人ずつぐらい。それでも、何となくはまとまった感じになっていました。赤が集まるとやはりインパクトがあります。ダンス・スタジオのバレンタイン・パーティーのテーマも赤でしたが、そのときのことを思い出しました。

chiorのほかに、ソロや、楽器演奏などを組み合わせて、なかなか楽しめるコンサートになっていました。そして、コンサートが終わると、22時近く。友人に急いで連絡。Hari Raya Messなるものに誘われていて、遅くてもいいから迎えに行くといわれていたのでした。

Openhouseとの違いもよくわからず、とりあえず連絡をいれました。家に戻って、衣装からロングのワンピースに長袖カーディガンに着替え。色は意識したわけではないですが、落ち着いた濃いめのピンク。雨の中、迎えに来てくれた友人の向かった先は、陸軍キャンプのひとつ。普段は結構セキュリティが厳しいらしいゲートを通過、食堂らしきところにつき、そこが会場とのこと。彼女の、かなりseniorなポストにいるという友人が出迎えてくれました。通常のopenhouseと同様に、食べ物があり、こんな時間にと思いつつ、勧められるままお料理をとって、甘いテタリとよばれる紅茶とともに頂きました。そのうち、カラオケが大音量で始まりました。

周りを見回したり、話を聞いたりしているうちにわかったのは、そこが、国防省・軍に所属する独身女性ばかりが住む寮などの食堂であるということ。寮といっても、ホテル並みの施設らしく、プールもあり快適だそうです。ふと気がつくと、grayが目立ちます。かなり年配の女性と友人と私など「外部」を除くほとんどの女性が同じ布で仕立てたバジュクロン(もどき)を身につけていました。相当地味目なグレーに花柄がはいったもの。どこの省などでも、制服のように布が支給されて、自分にあうように仕立てるのはごく一般的。目を見張ったのは、その個性的なこと。それだから、すぐには支給の布と気づかなかったのです。オーガンジー素材の同色の別布でガウン風な上着を作っていたり、裾に別布を使ってみたり、斜めカットでレイヤーにしてみたり、とにかく相当自由に着こなしています。部分的にスパンコールやビーズで飾る程度では、目立たないほどです。思わず目が点になってしまったのは、グレーの布は身頃だけに使い、袖は白布でひらひらと広がらせ、黒布で作ったマーメイドスカート風なものを別に身につけている人。奇抜すぎて、伝統的な衣装とはかけ離れています。基本の体の線が出ない長袖、ロングスカート・パンツという概念も危うい感じです。それでも、残念ながら、まねしたいと思うほど、素敵なデザインはあまり見かけませんでした。

服装だけでなく、個性的な人が多く、この国にもこんな集まりがあったというのにとにかく驚きました。つい先日、やっぱりconservativeな人たちだと思ったばかりだったので。ただ、やはり「独身女性武官」の内輪の集まり。国防省の副大臣(男性)がカラオケを熱唱し、ニコニコと私とも握手をして帰っていく、ちょっと特殊な場。おそらく、これを着て外に行くわけではないのでしょうし、いつでも副大臣のカラオケにピューピューと口笛をならすノリ、ということは、ないのだとは思いますが。

messと聞いたときに、「混乱」という訳がすぐ浮かんできたのですが、あとで辞書を引くと「主に陸海軍での食事仲間、食事、会食堂」という意味があることがわかりました。それでも、あの雰囲気は、もしかしたらその二つの意味の掛け詞なのかもしれません。

redとgray、とにかく対照的なイベントを一晩のうちに体験してしまいました。特に、陸軍キャンプの女の園は、不思議な世界でした。

おもしろかったですが、とても長い夜、でした。

Saturday, November 26

Saxofone

昨日のコンサートでは、初めて、クラシックのサックスというのを聞きました。
英国人でBBC2などでも活躍中という若手ミュージシャンの二人組によるコンサート。
女性のほうが、サックスとトランペットを演奏し、男性の方がピアニストでした。

サックスといえば、ジャズのイメージ。最初は、ジャズやミュージカル・ナンバーなどもあったのですが、最後の方は、あまり聞いたことのない現代作曲家のサックスのためのクラシック。幻想的な音色で、素敵でした。特に、ケルト音楽がよかったです。サックス=ナベサダのイメージが強くて、女性が演奏というのに驚いたのですが、ちょうど、そのあと読んだ日本の新聞でも、最近はサックスを習うのが若い女性に人気という記事。肺活量もいるでしょうし、フルートを挫折した経験から、手を出そうとは思いませんが、ちょっと吹けたらかっこいいなぁとちらっと思いました。彼女の軽妙なトークも楽しく、さすがに顔を結構真っ赤にしながらの演奏でしたが、安定した気持ちのよい音色に酔うことができました。

楽器についてあまり詳しくないのですが、金管楽器の古いものは、エアコンには弱いとのこと。楽器も土地に根付いた文化のひとつ。当然、その気候風土に、あう、あわないがあるのでしょう。そういえば、子どもの頃に買ってもらったピアノも日本製ではなかったため、梅雨時になると鍵盤が沈んだまま戻らなくなって困りました。解決方法としては、ドライヤーでピアノの内側を乾燥させること。要は、鍵盤の逆側についている部分(何と呼ぶのでしょうか)が湿気を含みすぎて、バランスを崩してしまっている状態だったのです。日本製であれば、日本の気候に対応できるようにアレンジされていたのでしょうが、ヨーロッパ製だったため、湿度に極端に弱かったようです。

ちなみに、昨夜使われていたピアノはカワイのもの。会場の天井が低かったせいもありますが、ミニ・ステージ上のピアノは、一応グランド・ピアノなのですが、ピアニストの彼がとても背が高かったせいもあり、妙に小さく見えました。サックスとトランペットもよかったですが、ピアノの音はいつ聞いても心地よく、ソロもよかったですし、しっかりとサックスとトランペットを盛り立ててもいました。偶然らしいのですが、同じ街出身という二人、本当に子どもの頃から友達ということで、今も「友達」だといっていましたが、とても息のあった演奏でした。

Friday, November 25

Conservative

基本的にはConservativeな国民性。
大きな変化は望まないけれど、でも、新しい物好き。

昨夜は仕事がらみのdinnerで、また、不思議な和食を食べながら、同世代ぐらいの若い人たちと話しながら感じたこと。

中国系の人はもちろん、海外生活が長かった人たちは、たいてい、食べ物に対しても受容性が高く、和食でもお刺身なども全く問題なく、何でも手を出します。それでも、やっぱり食べ慣れないものについては受け入れられないという人もいますが、その割合は、意外に少ない気がします。彼らは、きっと外にでてしまえば、多少ハラルでないものでも気にせず口にできるのでしょう。豚がはいっていても、はいっていることを知らないで食べれば問題ない、と聞いたことがあります。つまり、調味料にアルコールがはいっていても、ノン・ハラル・ミートであろうと、それを知らなければよいということ。でも、知っていて口にしたことがある人もかなりいるのではないでしょうか。大きな声では言えないけれど、ということなのでしょう。

しっかりスカーフをかぶっている人がいる一方、ムスリムでも、服装も意外に自由にしていて、あまりフォーマルな場でなければ、腕が剥き出しになっているようなトップを着ていることも。これも、国外に出てしまえば、さらに気にせず、逆にいえば、スカーフが目立つ場合には、外してしまうのかもしれません。

いろいろと制約のある生活。それでも、若い世代は特に新しいものが好きで、外国への関心も高く、流行には敏感です。ただ、やはりあまり目立つことは避けているようです。周囲の目を気にしていて、横を見ながら行動している気がします。許される範囲、を決して超えないように。

小さな国。まさに村社会といえるサイズの街。知り合いの知り合いは必ずどこかでつながっていて、噂には尾ひれがついてあっという間に広まっていきます。そんな中では、保守的にならざるを得ないのかもしれません。自分の意見や本心を言う人は少なく、みんな同じ方向にぞろぞろと動いていきます。グループ行動が多く、固まりがち。

日本にはもっと自由があるし、最近は、個人や個性が以前より目立ってきているものの、実は、結構日本人と共通しているかも、と思うこともありますが。

Thursday, November 24

リハーサル

昨夜は最後のリハーサル。

初めてのコンサート参加になるので、プログラムの全体像もわかっていないのですが、バイオリンなどのミニ・オケ付で歌う歌と、Chiorだけのもの、さらに、楽器の演奏、ソロなどが組み合わされているようです。音楽の先生など混じっているとはいえ、所詮アマチュア・グループの発表会。仕上がり的にはまだまだ、ですが、あとは直前リハを残すのみ。聞きに来る方も知り合いばかりなので、基本的にはプロに対して求めるようなものを期待しているわけではなく、気軽なコンサート、社交の場の延長だからよいのでしょう。

女子校だった中高時代に聖歌隊に多少入っていたことがあるのと、ジャズ・ボーカルのグループレッスンを何度か受けたことがあるぐらいだったので、混声合唱は初めての経験。4声がうまくハモれているのを聞くのは気持ちがよいです。土曜日は皆と一緒に楽しく、気持ちよく歌えたらいいなと思います。

ちなみに、会場は、会員制のスポーツクラブのダイニングホール。音響もよいわけではないですが、ちょうどよい広さで手軽に借りられて、しかもちょっとしたケータリングもできて、という条件に合うところは少ないのです。

そういえば、この国で行う文化行事などはすべてCensorship Boardの検閲を受けなければならないはずです。さすがに、チケットを販売しているとはいえ、セミ・プライベートなコンサートなので、検閲の必要はないようです。この検閲、たいてい、お茶とお茶菓子を準備するということで、しかつめらしい顔だけして、単にエンターテイメントを楽しみながらお茶を飲みに来ているだけじゃないかという話も結構耳にします。それでも、衣装やパフォーマンスの内容など、変更や中止を求められることはあるそうです。郷に入っては郷に従え。厳格なイスラムの戒律を維持しようとする国で、その文化を尊重することはもちろん重要だと思います。でも、もう少し他の文化への寛容さを見せた方が、国の文化的な成熟度は高まるのではないか、という気もします。

Wednesday, November 23

AGM

Music Societyというもののメンバーになっているのですが、昨夜は年次総会。

もともと会長を務めていたアメリカ大使の帰国後、Chiorの指揮者でもある音楽の先生が会長。
コンサートそのものには1/3ぐらいしか行けなかったのですが、せっかくなので会の運営を見てみようと思い、その後のdinnerにも惹かれて出席してみました。

約100名のメンバーのうち1/3弱の出席率。活動報告、収支報告、今後の方針、役員選出など、1時間弱でしたが活発な意見も交わされ、小さいながらもしっかりした組織としてやっているのだとわかりました。なにより驚いたのは、実は、32回目の総会だったということ。なんと、73年設立。その頃から、音楽文化に触れたいexpatたちがおそらく細々と、でも、このように熱心に活動してきていたというのに、あまりこの国の人たちの関心が高くならないというのは残念なことです。為替レートの影響や、ミュージシャンたちのギャラが高額になりつつあることから、会の運営も楽ではないようでした。それでも、入場料は値上げをしたくない、学生料金の設定は維持するというところに、敷居を低くして文化に触れる機会を高めようとする思いが伝わってきました。コンサートのすべてのレベルが満足いくものとはいえないものの、コンサートに行くという形で、自分自身が楽しむとともに、微力ながらも協力していきたいと思いました。

総会後は、dinner。expat専用といえるクラブでの開催だったので、dinnerのほうもまぁまぁのお味でした。いろいろと選択できてサーブされて出てくるのはよいのですが、そのサービスの遅いこと。いったいいつになったらスープは出てくるのだろうという感じでした。3コースのデザートがでる頃はかなり遅くなっていて、食べ終わると皆パラパラと席を立っていきます。メンバーの大多数は、先生たち。先生たちの朝はかなり早いのです。でも、よいのはやはり休暇が長いところ。あと、1週間もすれば、学校の休暇が始まり、先生たちを中心にした多くのexpatがクリスマス休暇。4週間ぐらいは皆いなくなります。

何とか脱出しないと、静かで寂しいクリスマス、年末年始になりそうです・・・。

Tuesday, November 22

汗を流して

日曜日には久々にダンスの個人レッスンに復活。
月曜日にもダンスエアロビに行き、少しなまった体を動かしています。

日曜日のレッスンでは、前のインストラクターがいきなりフィリピンに帰ってしまったため、新しいインストラクター。さんざん文句をいったせいか、今回は少なくともしばらくはこちらにいるようで、しかも、今までと違い、教え方も丁寧。とにかく、新しいステップを次々教えられて、ついていっていようがいまいがお構いなし、とりあえず形がなんとなくできていればいいというやり方ではなく、きちんと正しい姿勢やポーズから。日本でダンスの勉強もして、教えていたこともあるというだけあり、日本のダンス教室に近い感じです。こちらのフィリピン人インストラクターは、かなりの割合で、鏡に映る自分の姿に酔っている感じ。生徒ができているかどうかは二の次という人が多いのです。説明がないので、正しくはどう動けばいいかもわからないこともあります。その点、日本は細かいところまで注意され、それができなければ次のステップには進ませてくれません。確かに、同じことの繰り返しはつまらないですが、まずはそれをマスターしなければお話にならないのですから、当然です。最近は、単にステップを教えるのではなく、テクニックの部分をきちんと教えるインストラクターが少しずつ増えてきているようです。当地ダンス熱の高まりとともに、教わる側の要求も高まっているということかもしれません。

ダンスのレッスンでも意外に汗をかきます。エアロビはもちろんもっとかきます。思えば、来たばかりの頃に比べると、汗をかく量が増えている気がします。月曜日のエアロビでは、遅刻して飛び込んできていることもありますが、始めてすぐに汗が。英国にいた頃は、涼しさと乾燥した気候、運動不足のせいか、ほとんど汗をかいた記憶がなく、汗腺がつまってしまったかもと心配しました。それが、やはり汗腺開きっぱなしというようなところにいると、汗をかきやすくなるのでしょうか。新陳代謝が盛んということなので、いいことだとは思いますが。考えてみると、普段の生活ではエアコンが効いた(時には効き過ぎた)中なので、実はそんなに汗をかいていません。そう考えると、やはりダンスのおかげかもしれません。

先日の日経新聞に、女性のストレス解消方法はショッピング、とありました。確かにそのとおり!と思ったのですが、何も欲しいものがないこの国にいると、女性ではあまりランクが高くなかった、スポーツで汗を流すというのが上位にならざるを得ません。ちなみに、男性で上位に入っている「飲みに行く」も限られますから、スポーツの順位はぐんと上がることになるでしょう。健康的に汗を流してストレス解消、はいいですが、食べ物に走ってしまう人も多そうな気がします。でも、そもそも、外国人である私たちはともかく、のんびりペースのこの国の人たちはどの程度ストレスを感じているのでしょうか。

Monday, November 21

蘭の花束とGirls Talk

もうじき中東に出発してしまうオーストラリア人の友人。
既に、子どもたちは、オーストラリアに戻り、ご主人はとりあえず子どもとともにオーストラリアへ。子どもたちが落ち着いた時点で彼女に合流する予定とのこと。出発前に会えるのは、もうたぶん最後になりそうということで、うちに来てもらうことに。今まではいつも家族ぐるみだったのが、今回は共通の友人1人も招いて3人で送別を兼ねたGirlie Night。

少し遅れて現れた彼女。手には蘭のお花。色や種類の少し異なるデンファレがバナナの葉に巻かれてブーケ風になっています。遅れた理由でもあるのですが、蘭センターのようなものなどがあるボーダーに近いところまで遠出をしていたそう。離れるとなると、何もないといわれるここでも、最後に一応行っておかなければ、やっておかなければ、ということは山積みのようです。考えてみれば、本来はこちらがお花を用意するべきだったのですが。

家族で会っている時以上に、彼女のよくしゃべること。圧倒されて聞いていました。ダイエット中で、少し痩せた彼女はあまり食べず、とにかくしゃべるほうに徹していました。以前、バースデーパーティーに招かれたときにちらっと聞いた家族のトラブルの話、次の仕事、今の雇用主、大家やその他の人の噂話etc。とうにGirlsという年は過ぎているので、Girls Talkらしいお洋服やショッピング、レストランの話はあったにしても、おばさまパワーを感じざるを得ませんでした。子どもがいない場では母の顔をする必要がないので、話す内容だけでなく、話し方も変わるのでしょう。もちろん、男性がいないところでのGirls Talkで、女の子たちが普段と全然違う顔を見せるのと同じように。たまにキッチンに引っ込みつつ、話題に何とかついていくという状態で、あっという間に深夜になってしまいました。

この2,3ヶ月で、かなり人の入れ替わりがあるようです。
せっかく仲良くなれても、すぐにまたさようなら、となるのは残念ですが、細く長くおつきあいできる友人を増やしていけたらよいと思います。ちょうど、つい先日、直木賞をとった「対岸の彼女」を読み、女の子友達、グループについて考えさせられたところでした。

デンファレは保ちがよいので、しばらく楽しめそうです。ペットボトルで作った即席花瓶に飾られていますが、お部屋を明るくしてくれています。毎朝、見るたびに彼女や彼女の家族を、そしてGirls Nightを思い出すことになりそうです。

Sunday, November 20

St Andrew's Ball

昨夜はSt Andrew's Ballにいってきました。

かなり本格的なボールになるはずが、結局場所の変更でスペースが狭くなり、Dinner&Danceに少し格下げされました。とにかく、行事の多い時期。当初予定していた場所から直前に変更されたため、場所が見つからず、最終的に、リゾートホテルに併設されている1軒家スタイルの中華レストランを貸しきり。赤いランタンが目につく中、スコットランドのイベントというのも、かえっておもしろい雰囲気を醸し出していました。スコットランド人はキルト、他の人たちも皆ドレスアップ。ダンスの練習の時は、ショーツにサンダル履きだったおじさま達も、蝶ネクタイできめています。まずは、到着時に写真撮影。あとで販売されましたが、ほとんどの人が記念に買っていました。その後、ウェルカムドリンク(もちろん、お酒、です)から始まり、ローストビーフなどのディナー、ウィスキーのリキュールらしい食後酒が配られたあと、テーブルをよけてダンスフロアを広げてスコティッシュダンス。夜中過ぎまで続きました。

ドレスアップ、アルコール、軽快な音楽に、ダンス。明るくにぎやかな雰囲気で、時間を忘れて楽しめる数少ない機会でした。

次回は、1月のバーンズ・ナイト。ハギスも出して本格的にやるということで、こちらも楽しみです。

Friday, November 18

お寿司

昨日に続いて和食の話題。
昨夜は、急遽決まって数人が友人宅に集まり夕食。
本来は別の友人宅に集まるはずがいろいろ勘違いがあり、キャンセルになったと思ったら、メンバーを少し変えて、最近お引っ越しをした友人のおうちに集まることに。

準備が大変ということで持ち寄り+当地一番人気和食レストランのお寿司のテイクアウェイ。
ダイニングテーブルの真ん中には、日本でもよくみかけるプラスチック製の丸い寿司桶風の入れ物。
ぱっと見て、お寿司、ではあるのですが、ちょっと違う感じ。
それほどお寿司好きでもないため、気にせず他のものをいただいていたのですが、ふと気がつくと、生魚抜きのお寿司、だったからでした。

もともと生魚がそれほど得意ではなく、お寿司も少しつまむ程度、生ではないものを選ぶことも多いので、違和感が少なかったのかもしれません。それでも、食べ始めると、皆味が濃いというか、味付きのものばかり、なのです。特に、マヨネーズ。あとで、残ることも考えて生ものをいれないように頼んだ、と聞いて納得。それで、これだけの見た目のバリエーションがあるということは、結局、ウナギロール、アボカドロール、エビフライロール、ツナマヨ軍艦、カニカマサラダ軍艦といったものに人気があるからこそ、でしょう。和食はヘルシーだから人気、とよくいいますが、これだけマヨネーズや油などを使っているとどうなのでしょうか・・・。

それにしても、Sushiの知名度は本当にすごいと思います。生魚を食べることへのインパクトは相当大きかったということでしょうか。日本人は毎日お寿司を食べていると思われることも多くて、家では普通あまり作らないというとびっくりされます。カリフォルニアロールに始まる洋風アレンジ寿司は、最近、日本でも、和食ダイニングなどでかなり見かけます。それでも、「お寿司」といったらやはり違うイメージでしょう。こちらでの和食レストランのメニューを見ると、日本では変わり寿司的な扱いのものが主流になりつつあるようです。Sashimiは生だけれど、Sushiは生ではない、というイメージになる日も近いかもしれません。日本のカレーがインドやタイのカレーと違うように、こちらのお寿司も、回転寿司人気とともに、独自の文化を築いていくのでしょうか。

Thursday, November 17

和食?それとも・・・

昨夜は初めての試みで、和食レストランのないリゾートホテルのExecutive用ラウンジで、和食、しかも「会席」を作らせるという夕食会に出席しました。

在留邦人の数は100人足らずなのに、和食レストランが数軒もあり、少なくとも1軒は相当の人気店。
日本人から見れば、これは?という疑問符が飛び交うメニューもあるものの、和食フュージョンと思えば許せる範囲です。店内の回転寿司コーナーも人気ですし、お刺身などお値段も手頃なので、気軽に楽しむ和食風レストランと割り切ればよいのかもしれません。

ただ、昨夜は、一応「会席料理」を出すという趣向。一言でいうと、まだまだ、という感じでした。試食会をしたときよりはだいぶよかったそうですが、今まで作ったことも、おそらく食べたこともないものを作り上げるのですから、難しいのでしょう。最初のカクテル(といっても、フルーツ・ジュース)はテラス部分で。雰囲気は抜群。でも、供されたオードブルは・・・。野菜、お漬け物、サーモンなどをカナッペ風にしたもの。見た目はともかく、味がないのです。これを頂いた時点で、それからのお料理のレベルは想像がついてきました。味をつける必要がないお刺身、和食とはいえない牡蠣グラタンなどはよかったのですが、煮物、焼き物、酢の物となると、材料も組み合わせも???でした。例えば、沢庵を飾り切りした上にカニ肉をほぐしてガーリック風味で焼いたものがぱらっとかかったものがあったり、ほうれん草のゼリー寄せに里芋らしきものが挟まっている不思議なものがあったり、エビの変わり揚げのソースは酢みそだったり。圧巻は、最後のお寿司盛り合わせとお味噌汁でした。顔を覆うのであれば、2人分は余裕でいけそうな、巨大黄金扇風の入れ物。タイのフルーツカービングでゴージャスに飾ってあります。それまでかなり残しつつ食べ進めたものの、既に満腹状態。その状況に、この巨大お寿司盛り合わせ。しかも、塩っぽいお味噌汁。そしてまたしても飾り切り沢庵。ほぼパスして、デザートにしてしまいました。

和食はロンドンやニューヨークなどでもブーム。ロンドンでは、かなり人気の和食フュージョンレストランで、真っ黒なスープに赤いイクラもどき(火がとおっているのに、赤いまま)が浮いている妙にしょっぱいお醤油スープ、衣がたっぷりついて中が見えない巻きずしの天ぷらなど、やはり食べられないものがありましたが、それを思い出してしまいました。

どこから持ってきたのか、樽酒の樽(もちろん、中身はなし)、白い小さな石を石庭風に散らしてみたり、日本風の飾り付けもかなりがんばってやっているのはよくわかるのですが、もう少しシェフの修行が必要です。調味料の限定、材料の入手しにくさなどもあるとは思いますが、辛口批評を受けつつ練習と工夫を重ねてもらわないと。一応、五つ星ホテルですから。

これが日本食、と思われては大変。一生懸命作ってくれたシェフには悪いですが、ついつい日本人以外のお客様に、これはちょっと違う、私も初めて、と言わざるを得ませんでした。

それでも、なかなかおもしろい経験、楽しい夜でした。

Wednesday, November 16

コーヒー文化

ちょっとストレスがたまり気味のこの頃。
ひとりの夕食がイヤで、昨夜は友人を誘って最近オープンしたオーストラリアのチェーンだというカフェ風レストランへ。

基本はスタバをもう少しファミレスっぽくしたような感じ。カプチーノは確かにおいしかったですが、食べ物はまぁまぁという感じでした。いわゆる「Full English Breakfast」(Big Breakfast という名前でした)やホットケーキといった朝食用メニュー、サンドイッチやサラダなどの軽食とケーキは充実していますが、メインとなるメニューは少なめでした。結構広い店内で、食事を始めた時点ではガラガラ。新しもの好きのこの国で、これでは・・・と思っていたら、早めの夕食が終わったぐらいの時間から、かなり混み始めました。食べ物はちょっと割高で、そこまでおいしいというわけではないので、食後にコーヒーを楽しみに来ている人が多かったです。ただし、この国らしく、ミルクがたっぷりはいったもの、生クリームやアイスクリームがはいったものなど、冷たくて甘そうなものを頼んでいる人が目立ちました。そういえば、そもそもメニューに、エスプレッソやストレートのコーヒーがあったかどうか。もちろん、あったとは思いますが、とりあえず写真入りの目立つものは、みなミルクコーヒー色だった気がします。

東南アジアでもコーヒー豆は生産されていますし、コーヒーを飲む習慣そのものは全く新しいものではないでしょうが、最近、「まともなコーヒー」を飲めるところが増えている気がします。地理的な関係で、エスプレッソメーカーなど、たいていはオーストラリアから機械をいれているようです。豆からいれたコーヒーが手軽に楽しめるようになったのは、実は、日本や英国などでもそんな昔ではないので、これだけカフェが増えてきたことには、十分満足すべきかもしれません。英国にいた頃、フランス人の友人が、コーヒーがまずいと文句を言っていたことを思い出します。そもそもが長く英国植民地だった国、コーヒーやおいしいお食事に期待するほうが間違っているともいえます。もちろん、最近の英国のレストラン事情、食事事情は圧倒的によくなっていますが。

私自身、紅茶党で普段は紅茶です。リーフティーはスーパーに行けばきちんと手に入ります。でも、外ではカプチーノなどコーヒーも楽しみたいので、自動的にお砂糖とミルク入りの粉をとかしたネスカフェがでてくることが少なくなるのは、大いに歓迎したいと思います。

Tuesday, November 15

コンサートと音楽教育

Chiorのコンサートが来週末に近づいてきて、昨夜の練習はちょっと気合いが入った感じでした。
指揮者や参加者の一部は音楽関係の先生なので、アットホームな雰囲気ですが、人前で披露するためにはそれなりのレベルまで上げなければ、と真剣になるのでしょう。前回のコンサートは都合が悪くて参加できなかったため、今回は2回公演のうち1回だけ何とかという感じですが、初参加の予定です。

曲目は、フランス語曲、Bachに始まり、Gershwin、Porgy and Bessのメドレーなどを歌います。リハーサルを休みがちだったため、週末にでも自主練習をしないと一部口パクになりそうです。まぁ、ソプラノはいちばん人数が多いので、口パクでも全く目立たず問題はなさそうです。むしろ張り切って、大声で音や歌詞を外してしまわないように気を付けるべきかもしれません。

来週末は珍しく文化行事ラッシュ。
ラマダンとハリラヤを合わせた1ヶ月半あまりは、行事開催時期としては適当ではなく、かといって12月に入れば学校の休暇も始まり、ヨーロッパ系の人たちは皆クリスマス休暇でいなくなってしまうため、結局、11月後半にあらゆるものが集中してしまうようです。

先日は、日本を含めた近隣国のインターナショナル・スクールの生徒たちが集まって音楽祭のようなものをやったようです。花火とオープンハウスで忙しくてこのコンサートにはいかなかったのですが、こういうものをもっと積極的にやって、あるいは刺激を受けて、公立学校でも音楽教育を復活させたらよいと思います。現在、西洋文化はイスラム文化に悪影響ということで、音楽教育も公立学校でははずされています。ただ、コーラン読経大会は頻繁に行われていて、テレビでも延々放映されています。きちんと聞いたことはありませんが、「上手な人は上手」ということで、ある意味歌のようなものかもしれません。それでも、コーラン読経大会ばかりでなく、せめて、伝統音楽だけでも引き継いでいかないと、あまりにも特徴のない薄っぺらな文化になっていくのではないでしょうか。それとも、コーランがすべてなので、それ以外はなくても十分、ということなのでしょうか。

少なくとも、私にとっては、文化のあるところのほうが魅力的で、観光振興にも役立つと思われるのですが。

Monday, November 14

花火

週末はまだハリラヤ・ムードで、オープンハウスがパラパラと続いている中、日本の花火が打ち上げられました。5つ星リゾートホテルのビーチ沖部分で上がるということで、駐車場確保のため早めにホテルに向かいました。

珍しく1日中雨が降ったりやんだり。いつもならば、ざーっと降ってもしばらく経てばあがるのに、この日はいつまでも晴れてきませんでした。開始時間に近づいても、とても花火日和とはいえず、ちょっと気をもみました。日本の花火師が打ち上げるのだから、時間通りに始まるだろうという期待に反して、ローカルルールどおり30分遅れのスタート。雨の中、15分強という短いものでしたが、その迫力、繊細さ、技術は、中国花火とは違うということを十分感じさせました。日本の花火大会も終了時は動けませんが、駐車場は大混雑。イベントが少なく、行くところが限られるこの国。お天気がよかったら、もっと大変だったのではないかと思いました。

当然、今回の花火は日本製花火のプロモーションを兼ねているわけですが、果たして価格的には競争不可能と思われる中国製に打ち勝つことはできるのでしょうか。中国などで日本製の果物が超高値で販売され、売れているご時世、参入の余地がないわけではないでしょうが。1年中夏なので、いつでも「花火シーズン」。その意味で、日本のオフシーズンのビジネスとしてうまく売り込みたいという思惑があるのでしょうが、何事もスローテンポなこの国、新規参入ビジネスはなかなか難しいかもしれません。

せっかくなので、海上スターマイン、ナイアガラなどの仕掛け花火、日本のアニメ人気を考えてどらえもんやニコちゃんマークなどの花火もあれば、もう少し中国花火との差別化が図れて、よかったような気もしました。

ビジネスとは無縁の、単なる花火フリークとしては、日本の花火が観られただけでも満足なのですが。

Friday, November 11

マラソン

日本にいたときの英国人の友人が、マラソンランナーとして活躍中。
先日、11月20日の東京国際女子マラソンに海外招待選手として出場するとの連絡がありました。

彼女は日本で仕事をしている間に日本人と結婚したのですが、彼女が英国に帰る際に旦那様は仕事をやめて彼女に同行、ロンドンで職探しをしたり、ロースクールを修了したりしたものの、今は、彼女のトレーニングのサポートが中心のようです。彼女の方もすごくて、job sharingをしながらトレーニング。つまり、週の半分を仕事、残りの半分強をトレーニングに割り当てています。そんな中で、着々と力をつけて、立派な成績をおさめています。英国人ランナーといえば、ラドクリフ選手ばかりに注目が集まっていますが、彼女の活躍に期待したいと思います。折しも、高橋尚子選手の帰国のニュース。やっぱり、今回の東京国際女子マラソンは、Qちゃん主体の放映になるのでしょう。沿道で声援を送れないのは残念ですが、南の国から応援したいと思っています。

マラソンなんて無縁のところ、と思っていたのが、実はこの国でも12月に初めてマラソン大会が開催されます。今まで、チャリティー・ウォーク的なものはあったのですが、今回はフルマラソンです。こんな暑くて湿度の高いところで、フルマラソンを走るというのは相当つらいと思います。ホノルル・マラソンのように暑いけれどからっとしているのであれば、まだよいのでしょうが。もちろん私は参加しませんが、走るのを眺めにぐらいは行こうかと思っています。ただ、ロンドン・マラソンのように仮装して走る人もいないでしょうから、知り合いの応援以外では退屈しそうです。どれぐらいの人が参加するのかよくわかりませんが、ふたを開けてみれば、参加者は外国人ばかりだったりするのかもしれません。

スポーツはハングリー精神がなければダメだと思います。多少の不便と制約はあっても、満ち足りておだやかで平和なぬるま湯生活。やることがないので、常に食べていて、何かと食べる機会が多く、まさにハングリー精神とは正反対の状況。マラソン選手が育つというレベル以前に、フルマラソンをどれだけの人が完走できるか、が見物かもしれません。

参加もしない私自身、偉そうなことはいえませんが。

Thursday, November 10

Birthday

今日はmy birthday。
年をとるのはとっくにうれしくなくなっていますが、やっぱり自分にとってはとても大切な日。いくつになったかは置いておいても、お祝いしてもらえるのはうれしいものです。

昨日、友人が、プチ・バースデー・パーティーをやろうといってくれていたのですが、いろいろとうまく調整がつかず、断ったつもりでいたのが、実はケーキをオーダーしてくれていました。前日にもお断りメールをいれたつもりが、昨日の夕方、何度もメールが来て、とにかくケーキだけ食べに来て!といわれて、ちょこっとだけおうちにお邪魔しました。

そういえば、チーズケーキは好き?、ブルーベリーはどう?、と聞いてくれていたのですが、ブルーベリー・チーズケーキにきちんと名前入り。1日早いバースデー・ソングを歌ってもらい、ケーキをいただきながら、彼女の気遣い、優しさに感激しました。

ハリラヤとお誕生日で忘れかけていたのですが、ちょうど5日前がこちらに来て1年目の記念日。最初の数ヶ月は長かったですが、最近は月日の経つのが早まってきて、気づいたら1年。それでも、ようやく1年という感じです。去年のお誕生日は、来た直後ということで、一応1日遅れでお祝いはしてもらったものの、ホテル住まい、慣れない生活で、かなり寂しい気分でした。今年は他の友人たちのように、自分でバースデー・パーティーを開こうかと思っていたのですが、これからバタバタと忙しい時期にはいっていくので、プチ・パーティーはともかく、大勢で集まる企画を立てる余裕はなさそうです。

今夜はバースデー・ディナー。
持ってきてもらったシャンパンを開けて乾杯、の予定です。
もちろん、シャンパンはレストランへ持ち込みです。
あのレストラン、ちゃんとシャンパン・グラスがあればよいのですが。

Wednesday, November 9

手と足とマメ

職場のスタッフの中には、意外にも王宮のオープンハウスには一度も並んだことがないという人もいて、どうだった?と感想を聞かれました。

特に、今年は、第二夫人が第一王妃の横にいたことに注目が集まっています。タイトルも与えられていない第二夫人が、王室関係者として謁見室にいたのは驚きだったようです。おもしろかったのは、彼女との握手はどうだった?と聞かれたこと。もともと平民の出だから、手がソフトじゃなかったでしょ、といわれました。そういう発想がなかったので、手の感触を忘れてしまったのですが、よく考えれば皇太子妃も王室関係の血を引くとはいえ、もともと王族ではありません。そういう意味では、王族出身である第一王妃と、第二夫人、皇太子妃との徹底的な違い、というのはなかったような気がします。少なくとも、若い分、手はソフトだったかもしれないので、その辺りも割り引く必要があるかもしれませんが。

それよりも、この国で感じるのは、足の指が長くてきれいな人が多いこと。裾を引きずるような長さの衣装だとわかりにくいですが、基本は素足なので目につきます。特にパンプスを履かない人たちは、常にサンダル、しかも歩く距離もわずか。うちの中では靴を脱ぐ習慣。足への圧迫が少ないので、外反母趾や靴擦れ、タコやマメに悩まされることはないからなのでしょう。いつも靴擦れで足がボロボロの私にはうらやましい限りです。そんな私ですら、こちらで過ごす間は歩かないせいか、日本での夏に比較すると格段にまともな足になりますが。

足から手に戻りますが、王族だと、自らの手を使ってやることはほとんどなくて、「箸(フォークとスプーン?)より重いものは持ったことがない」、手は握手のためにある、だから柔らかいということなのでしょうか。確かにマメができている手、働いている手というのはすぐわかります。

マメといえば、童話で、ふかふかのベッドのマットレスの下に小さな豆をおいて、試すというのがありました。貧しい身なりをした本物のお姫様が、そのベッドで寝た翌朝、昨夜は何か固いものが体にあたって眠れませんでした、といって、本物のプリンセスであることが証明された、というお話だったと思います。

本物の高貴な方たちは、温室育ちの花のようにとてもデリケートにできているということなのでしょう。
プリンセス風になるには、まずはソフトな素敵な手を目指すべし!ということかもしれません。
そういえば、握手できませんでしたが、王様やプリンスたちの手も柔らかかったのでしょうか。

Tuesday, November 8

open house

ハリラヤは4日に始まり、街中がまだまだお祝いムードです。

7日が代休となったため、政府関係などを中心に4連休。
ハリラヤ第1日目から3日間ぐらいがオープンハウスのピークです。
1、2日目は親戚回り、2、3日目に上司、知人、友人宅回りというのが一般的なようです。かたや1日10~15軒回る人たちがいる一方、もう疲れるのでほとんど行かないという人もいるようでした。

王宮は、第1日目は政府高官、各国大使、各界著名人など限られた招待客のみ、その後、例年通り、第2日目から3日間、旅行者でも誰でもOKという一般向けのオープンハウス。新聞報道によれば、3日間で王宮を訪れた人数は95,000人近く! 人口の1割強にあたる人数が1日あたり訪問した、という計算になります。この時期にあわせて旅行に来る人もいるということで、ホテルなどもにぎわっていて、日本人の団体客も結構見かけました。

王宮のオープンハウスは、通常2~3時間並ぶということだったのですが、やはりいろいろルートはあり、待ち時間があまりない形で入ることができました。王室関係者との謁見室の前で男女別れて並んでいる際に、服装チェックが行われます。このとき、ふさわしくない格好だといれてもらえないそうです。服装チェックをパスして進んでいくと、まずは、第一王妃と握手。独特のお化粧で目立つのですぐにわかります。3番目は皇太子妃。ということは、2番目は・・・。いまだにタイトルを与えられていず、「王妃」ではない、第二夫人でした。なかなかきれいな方でした。あとは、その他の王室関係者が3名ほど。男性のほうも、国王、皇太子、国王弟、国王のその他の子どもたちなど、6,7名だったそうです。流れ作業のように握手するので、一瞬で謁見室から外にでてしまいます。このあと、紋章入り黄色(王室の色)のプラスチックボックスに入ったお菓子(キットカットなど、駄菓子的な普通のお菓子でした)と国王の写真入りカードをもらいます。さらに、子どもたちは日本でいうお年玉ももらえます。また、食事も振る舞われます。握手は一瞬ですが、やはり、王宮の中に入るというのはなかなかできない経験でおもしろいものです。

オープンハウスは、招待状がなくても来客は誰でも歓迎。直接招待を受けたのはわずかだったのですが、王宮以外にも「お宅拝見」という感じでいくつかお邪魔してきました。住所を頼りに、使えない地図をにらみつつ探して、結局たどり着けなかった家もありますが。

この日のために新調した伝統的な晴れ着を身につけたホスト・ホステスがお出迎え。
まずは、どこのおうちでも、豆乳、ファンタ、コーラなどの甘い飲み物かお茶が出され、続いてお菓子や食事を勧められます。これに手を付けるのがマナーです。たくさん回ると最後には気持ちが悪くなってくるので、それぞれ少しだけいただくというのが基本です。何軒か回ると、典型的なマレーのお祝い料理・お菓子を一通り経験できます。ホームメードのところも多いのですが、大臣クラスなど1日に100人単位の訪問客を受けるところでは、ケータリングが中心となります。あまり1日に回りすぎると、ホームメードだと勧められると断りにくく、ケータリングが続くと同じ味に閉口するということになります。大きなところでは、飲み物をサーブする人も雇っていますが、その家の大きい子どもたちがホストのサポート役をしっかりと勤めていることも多いです。また、どこのおうちも、家族写真、ガラス製品などのコレクションが並べられていて、最初のうちはシャンデリアや金の縁取り家具、華やかすぎるソファなどに目がちかちかします。それでも、いくつか回っているうちに、この派手さ加減にも次第に慣れてきます。実際、素敵、と思うものはほとんどありませんが・・・。

オープンハウス、なかなかおもしろい経験です。
物騒な昨今、平和なこの国、人のよい国民性だからこそ、のんびりと続けられるのかもしれません。

Thursday, November 3

月が見えず・・・

昨夜は結局月が見えなかったため、ラマダンは終わりませんでした。
そのため、今日はハリラヤ初日の休日とならず、平常どおり仕事です。

周辺国は、皆、ラマダン終了日を暦上計算して確定しているのに、実際に月が見えるかどうかで決める、というこの昔ながらのやり方は、いつが休日になるのかが前日までわからない、という不便極まりないシステムです。普段から大して仕事もしていないし(特にラマダン期間中は)、公共交通機関は皆無に近く、人口も経済規模も小さなこの国にとっては、休日が1日ずれることぐらい、さほど支障にならないからよいのでしょうが。

今夜は月が見えても見えなくても、明日からハリラヤ。

ここ数日間、夜になると爆竹や花火の音が響きますが、今夜はおそらくその最高潮になるはず。
新聞によれば、祝砲12発が打ち上げられるそうです。それにあわせて、あちこちで爆竹や花火が鳴るのでしょう。コーランの響きとともに、今夜はさらに騒がしくなりそうです。

明日からのハリラヤでは、オープンハウスが始まります。欧米と違って、普段にホームパーティーをするなど人を招く習慣はなく、年1回、このハリラヤの期間、ほとんど誰でもwelcomeという感じにうちをオープンします。招待状を出す人もいるのですが、直接招待されていなくても、この時期のオープンハウスは訪ねてよいそうです。オープンハウスのため、皆、晴れ着を新調し、ソファなどの家具も買い換え、造花や飾り物で家を飾り立てるそうです。つまり、この準備期間が1年で最も消費活動が活発な時期、ということになります。

王宮も、ハリラヤ第2日目から3日間、オープンハウスをします。これは、一般人が唯一王宮に足を踏み入れることができるチャンス。食事ができて、男女別ですが王族と握手をして、お土産をもらえる、子どもにはお年玉、ということで、マレー式お正月を迎える年中行事的に喜んでいく国民も多いようです。国民よりも、タダ飯、お土産ということで、外国人労働者が多いという話しもありますが。

昨年は仕事で並ぶことができなかったので、今年は、王宮にも行ってみようと思います。
ただ、ディズニーランド状態の長蛇の列、というのは避けたいものです。

Wednesday, November 2

にごり水

先日からの大雨で、ここ数日、どうも水が茶色い感じです。

アパートには、タンクの掃除をしたので水は安全です、と張り紙がありましたが、やはり何となく普段以上に色とにおいが気になります。地域によっては、白物のお洗濯はしたくないと思うほどだったそうです。

水道水は一応衛生上問題なし、ということにはなっています。
さすがにそのまま飲むことはないですが、普段は沸かしてしまえば良いかと思い、お茶やお料理には使っていました。それでも、ここ数日はひたすらミネラルウォーターです。

日本ではおいしいお水への関心が高く、何種類ものミネラルウォーターを置いているカフェやバーもあるぐらいですが、アジアのミネラルウォーターは、あまりおいしくなく、本当に「ミネラル」が含まれているのかすら疑問です。単なる水を飲める状態にしてつめただけでは、という人もいます。かといって、ヨーロッパ産のミネラルウォーターのお値段は相当高く、倍以上です。しかも、どこでも売っているわけではないので、やはりアジア産のものに手が伸びてしまいます。

日本の水道水が、実は結構おいしいという記事を前に目にしたことがあります。海外に出ると、日本がいかに「水」に恵まれているかを感じます。ヨーロッパでも、ミネラルウォーターの水源があるようなところはともかく、水道水の質はとてもいいとはいえません。英国では、Brita(浄水器)を愛用していました。アフリカに行ったときに至っては、心配のあまり、歯磨きまでミネラルウォーターを使ってしまっていました。さすがに、シャワーはあきらめて普通に浴びましたが。

神経質になりすぎるとそれだけで具合が悪くなりそうですが、水道水のにごり問題を除けば、この国の衛生状況はかなりいいです。アジアの中でも飛び抜けているといえます。いわゆる「アジア的」雰囲気がないのは、あちこちに屋台がでて、人が大勢いて、熱気があって、というのがないからなのでしょう。屋台にはかなり厳しい制限があり、屋台を出す場所は限定され、しかも買って持ち帰るというのが一般的です。レストランの衛生面での規則も厳しいようです。まだ、あまり食べ物にあたったという人を聞きません。それを考えれば、多少のにごり水ぐらい・・・とは、やはり考えられませんが。

Tuesday, November 1

Food tasting

新しくオープンしたホテルのプロモーションを兼ねたfood tastingにいきなり声がかかり、行ってきました。このホテル、オープンするという話から、延々1年以上経っても、まだgrand openingの前の「soft opening」状態です。今回のfood tastingは、ようやく、コーヒーショップになる部分ができあがったから、ということのようでした。

1日の断食明けのBuffetと聞いて、ごく簡単な食べ物があるレセプションのようなものかと思ったら、フリー・シーティングのテーブルもセットされ、結構本格的なお料理が並んでいました。

もちろん、アルコールはないので、まず最初に渡されたドリンクはジュース。本当に、言葉どおりの色とりどり、でした。定番のピンク色ジュース、甘い豆乳、スプライトなどに加えて、さすがホテル、フルーツカクテル風のジュース、茶色のロンガン・ジュース、何が入っているのか結局よくわからなかった不思議なつぶつぶ入りの白いジュース(ドラゴンフルーツにココナツ、かもしれません)など。6時過ぎのお祈りを合図に、お料理をどうぞといわれて早速ひとまわり。まずは、テーブルにあったデーツを食べてからお料理をとるのが順序のようでしたが、とりあえず空いているうちにさっさとお料理をいただいてしまいました。お料理は、立食のビュッフェで使えそうな一口サイズのアミューズ的なものから、サラダなどの前菜、カレーなどのメイン、ケーキやマレー菓子のデザートまで一通り揃っていました。アルコールもないし、ムスリムの人たちは当然ひどく空腹な状態からさっさと食べるせいか、食べ始めて30分も経つと食べ終わって帰っていく人たちもパラパラ。

実は、このあとにScottish Danceの練習があったのですが、デザートまでしっかりいただいてから、満腹なお腹のまま練習に向かいました。食べてすぐには・・・とも思いましたが、まずは、練習会場にたどり着けるかどうかという問題もありました。

一度間違って曲がりそうになったことをのぞけば、奇跡的にスムーズに会場に到着。すでに練習は始まっていました。最初のダンスは円になって踊るもの。体格のいいおじさまたちのほとんどは、いかにもトロピカルな国にいる欧米人らしく、ショーツにスポーツサンダル。キルトか、せめてもう少しドレスアップして踊れば様になるのでしょうが、今の状況はどうみても幼稚園児のお遊戯。なんだかかわいらしくて、おかしくなってしまいます。

5種類ほどのダンスの練習を終えると、多少は運動した気分。food tastingで取り過ぎたカロリーも少しは消費できた、という感じでしょうか。

Monday, October 31

ハリラヤ前の週末

もうじきラマダンが明けて、ハリラヤ(断食明けの大祭)が始まります。

金曜日の夜にはオーストラリア人の一家、土曜日には、ランチにイギリス人の友人、ディナーに日本人の友人を招きました。簡単なものしか準備はしなかったのですが、ちょっと足りない食材をお買い物に、と思ったら、渋滞。ラマダン明けを数日後に控えて、Grand Saleも佳境にはいり、とにかく街が混雑しています。

スーパーなどどこにいってもかかっている音楽は、「ハリラヤ・ソング」。Selamat Hari Raya~♪を繰り返すので、イヤでも覚えてしまいます。 いってみれば、ジングルベルやラスト・クリスマスがあちこちでかかっているのと同じなのですが、なじみがない分、また、演歌調のポップスのような歌ばかりで、若干耳障りです。ハリラヤ前の雰囲気は、欧米ではクリスマス前、日本でいえばお正月前に近いのかと思います。どこでも、ラマダンにかかせないデーツやハリラヤ用のお菓子、飲み物などが山積みになって売られています。お菓子を手作りする人も多いのか、製菓関連のものも目立ちます。ショッピングモール内にも出店がたくさんでていて、売っているものは、家具、雑貨、安物のアクセサリー、スカーフ、偽物ブランドバッグなど雑多なものですが、にぎやかです。

日曜日は、そんなショッピングモールをふらふらしたあと、久々のダンスのレッスン。本来1時間なのですが、もともと担当だったインストラクターが突然フィリピンに帰ってしまったため、見習いのようなインストラクターがラテン、別のインストラクターがボールルームを教えてくれる変則的な形になって1時間半ほどやってもらったので、さすがに疲れました。

その後、この1週間の疲れを癒やそうと、ネイルとマッサージへ。ネイルをやってくれたのはフィリピン人。それなのに、何度も時間を気にしているなと思ったら、実はfasting中とのこと。クリスチャンなのですが、ダイエットを兼ねて、ムスリムを理解するため、だそう。ネイルが終わったのはちょうど6時頃。これでbreakfastだ、とうれしそうでした。いずれにせよ、あと、数日でラマダンは終わり。彼女のダイエット、成功するのでしょうか・・・。

Friday, October 28

Scottish Dance

11月半ばにSt Andrew's Ballがあるということで、まだ、これに出席するかどうかは決めていませんが、とりあえず、Scottish Danceの練習に参加しました。

前回、Ceilidhにいったときにも少しは踊ったのですが、今度のBallは、結構本格的、ドレスコードもBall Gownというフォーマル・イベントなので、例年事前に練習日を設けているということでした。Scottish Danceはフォークダンスなので、基本的にはステップも簡単。ただ、動きは意外に激しく、位置の入れ替わりを間違えると、ついていくのがちょっと大変になります。それに、ほとんどが3,4カップルずつのグループで踊るため、やはり動きを知っているほうが楽しめます。

ダンスの手引きのような本があって見せてもらったのですが、さっぱり。
最初のポジション図解以外は、動きが英語で解説されているのですが、読んでも???という感じです。ダンスの動きを書き言葉で説明するのは本当に難しいと思います。

1時間半ぐらいと聞いていたのが、遅れて始まったこともあり2時間近く。
5種類ぐらい練習したので結構疲れました。

少人数の練習会でしたが、ほとんどが40~50代ぐらいのご夫婦。たいていの場合そうなのですが、この日も女性の方が多かったので、ステップをよく知っている女性2,3人は男性役。Ballもカップル参加であればダンスにも参加しやすく、より楽しめます。

同じ「フォークダンス」でも、盆踊りのようにひとりで踊れる方が本当は気が楽だし、好きなだけ踊れるのだけれど、と、小学生時代、盆踊りの時期には連日浴衣を着て踊り続けていたこと(!)を懐かしく思い出してしまいました。

Thursday, October 27

エアロビクス

昨日は久しぶりに仕事のあとダッシュでエアロビクスのレッスンへ。

日本滞在中はほとんど運動らしい運動をしませんでした。
ギリギリに飛び込むと、常連の友人たちに「久しぶり」「日本に帰っていたの?」と呼び止められるのですが、まずは着替え。ラマダン中なので少し空いているかと思ったのですが、そもそも、ほとんどが中国系なので結構な混雑でした。

ダンスを習っているスタジオでのレッスンで、ダンス・エアロビクス。曜日ごとに音楽・ステップのテーマがあります。水曜日は確かロックンロール。エアロビクス担当はゲイのインストラクター。彼(女)の、たぶん日本語に訳せばおネエ言葉で、ジョークを交えたかけ声にあわせて、早いテンポの曲に乗って体を動かしはじめます。最後のストレッチまでで1時間びっちり。久々の運動で気持ちの良い汗をかきました。

帰国中に、日本で最近ブームのホットヨガの体験レッスンにいったのですが、そもそもが暑いところでエアロビクス中はクーラーなし。ある意味、ホットヨガに近い効果があります。

レッスンのあと、常連の友人たちの会話に少し加わるのは貴重な情報収集。口コミがすべてのこの国では、これは本当に重要です。その後、インストラクターの「明日はジャズよ~。ちゃんと来てね~。」という言葉に見送られつつスタジオをあとにしました。

さすがに疲れがたまっていたのか、急に激しい運動をしたせいか、ちょっと立ちくらみがしましたが、車生活に戻ったので、体を動かせたのは気持ちがよかったです。

Wednesday, October 26

シングルマザーのクリスマス

昨夜は、久々にオーストラリア人の友人と夕食をともに。
2ヶ月前にお引っ越しをしたということで、彼女の新居にお呼ばれしました。
ちょっと個性的な雰囲気の彼女、だいぶ年上の方ですが、なぜか最初に出会ったときからとても親切にしてもらっています。

いつもどおり、地図をにらみつつのドライブ。2回ほど間違えましたが、間違ったことにすぐ気づきUターンできるようになったとは、我ながら偉い!と自画自賛しつつ、到着。

おうちがかなり暗かったので本当にたどりついたのか不安でしたが、彼女はキッチンにいるということで、シャワー上がりの彼女の息子、年よりは落ち着いてしっかりしている15歳の男の子が慌てて迎えにでてくれました。大人っぽく見えるけれど会話をするとやっぱり子ども、という感じの12歳の女の子と3人の家族の普段の食卓に混ぜてもらった感じです。こうして呼ばれるおうちは、どこもとても仲の良い家族です。

お引っ越し前のおうちに呼ばれたときは、大量のアルバムを見せられました。その中で印象的だったのは、Christmas gathering albumとでもいうのか、クリスマスに、家族、親戚、友人などと集まったにぎやかで楽しそうな写真を集めたもの。20年以上分あったでしょうか、彼女の家族の変遷を定点(定期?)観測できます。気になったことがふたつ。ひとつは、「真夏のクリスマス」。オーストラリアは南半球、その後も常夏の国なので当然といえば当然ですが、クリスマスツリーやデコレーションにサマードレスというのは、何とも不思議な感じです。まさに、サーフィンする水着姿のサンタクロース、のイメージです。もうひとつは、家族が増えたり、減ったりしていること。増えるのはよいのですが、最後のほうの写真には欠けている人がいる様子。

プライベートなことで聞きづらいのですが、今はシングルマザーの彼女。4人いるうちの2人の子どもたちと一緒に暮らしています。残りの2人も独立しているようです。

この時期、既に話題は次の休暇、つまりクリスマス休暇。子どもたちは、うれしそうに今年のクリスマスは初めてのヨーロッパ、ドイツ旅行を予定していると話してくれました。お姉さんの1人も合流するということで、今年のクリスマス写真は、彼女と3人の子どもたち、友人で過ごすWhite Christmasということになるのでしょうか。ドイツは相当寒いでしょうが、子どもたちは、「クリスマスらしいクリスマス」を経験できるでしょう。

きっと、いろいろあったのだと思いますが、子どもの学校や生活費を考えて、仕事の契約を更新したという彼女、そのたくましさに感心します。去年、上の2人の子どもたちも遊びに来たということで、彼女と4人の子どもたちとで撮った写真。その笑顔は本当に素敵でした。仕事やこちらでの生活の愚痴をこぼしながらも、彼女のがんばりは子どもたちに支えられているのだなぁと感じました。

今年、彼女のアルバムには、また、明るい笑顔のWhite Christmas写真が加わることでしょう。
こちらに残っていると、クリスマスらしい雰囲気すら感じられず、寂しいですが・・・。

Tuesday, October 25

みずとりぞうさん

今回の一時帰国は長かったので、初めて20日間近く、うちを空けていました。
帰る時は、ちょっと恐怖でした。

というのも、湿度がとにかく高いし、そこら中にゲッコー(ヤモリ)や虫がいるわけなので、ほったらかしのアパートがどんな状態になっているかを想像すると・・・。

バスルームの窓は開けっ放しにしてきたのですが、たまに、ものすごいスコールが降るとさすがに水浸しになる危険性があるため、そのほかのところは閉めてきました。人によっては、クーラーをつけっぱなしにしておくともいいますが、少なくとも、契約書には、留守中つけっぱなしにしないようにと書いてありました。

ともかく、帰ってきた日は、とりあえず目につくところではとりたてて変化はなく安堵。
多少のほこりや、ゲッコーのふんには目をつぶるとして、今までのところ、カビなどの被害も発見されていません。

やはり、日本からわざわざ持参した湿気取りや防虫剤が効いているのでしょうか。
それにしても、あっという間です。いわゆる、みずとりぞうさん、普通は3-6ヶ月使えると書いてありますが、1ヶ月もしないうちにもう、ちゃぽちゃぽ。話によると、もっと湿度の高いアジアの国では一晩でちゃぽちゃぽだそうですが。防虫剤も、ふと気がつくと、ぺっちゃんこ。東南アジア仕様のものってないのでしょうか。

こちらでも売ってはいるのですが、日本から持ってきた方が安心と、ついつい荷物になるのに持って帰ってきてしまいます。みずとりぞうさんは、湿気を吸い取るまでは軽いのですが、かさばるのが難点。今回は、いろいろ持ち帰るものが多くて断念しました。でも、今使っているものももう少し経ったらお取り替え時期が来てしまいます。

予防策で、革製品は最低限のもの、靴やバッグ、着物など高価なものは置いてきているのですが、実は日本の夏の暑さと湿気も相当なもの。帰ったときは、そちらも気がかりで大変でした。実際、今回の帰国でのお掃除、お手入れ、処分はかなり大変だったのですが。

こんな心配をしなくてよかった乾燥したヨーロッパが、お肌には悪いと思いつつも懐かしいです。

Monday, October 24

再び常夏の国へ

昨夜、こちらに戻りました。
日曜日の出発だったせいか、成田も混雑、乗り継ぎの香港でもかなり時間がかかり、フライトも香港からは満席。

日本から戻りたくなくて憂鬱気分でしたが、混雑はともかく、フライトの遅れなどはなく、順調に戻ることができました。到着時は日没頃で、夜は風もあったので、それほど暑くなくて、とりあえず昨夜は気温差に悩まされることもありませんでした。

ただ、ああ、戻ってきてしまったと感じたのは、やはり夜。
ラマダン中のため、お祈りがいつもより長くて大音量なのです。
疲れていたせいか、夜明け頃に目を覚まさずに済んだのはラッキーでした。

そこで、思い出したのは、飛行機の隣の席の太ったおじさん。
思えば、隣の席からはみ出しそうだった大きなおじさんは、機内サービスの飲み物はペプシをもらっていました。いくらサービスがそれほどよくないにしても、普通は缶のプルリングぐらいは開けて渡すはずですが、開けていませんでした。彼はそれを前席のポケットにつっこみ、そのまま。その後機内食も特に聞かれることもなくパス。降りる間際に、紙袋に入った食事らしきものを渡されていました。3時間ちょっとのフライト、食事の時間には早かったので食欲がないのかな、でもこの体型ではダイエット中なのかも、ぐらいに思っていました。香港からの便で、イスラム系の乗客がかなり少なく、多くは中国系とヨーロッパ系。そのため、その時点で、まだピンときていなかったのですが、まさに、空港到着時が1日の断食が終わる時刻だったのです。隣のおじさんも、見た目がいかにもムスリム、という感じではなかった気がしたのですが、断食時間中だったのでしょう。きっと、イミグレーションをでた辺りで、あのペプシをうれしそうにごくごく飲んでいたのかもしれません。

当然、私は隣で機内食をつまんでいたのですが、ちょっと申し訳なかったです。
まぁ、強制されてやっているわけではないので、こちらが飲み食いしても悪いことをしているわけではないのですが。

ちなみに、機内食があまりにワンパターンでおいしくないので、前回は「シーフード」(本来はお肉を食べないベジタリアン向け)、今回は「ローカロリー」ミールなるメニューを事前オーダーしていました。私自身が「ローカロリー」ミールを食べていたので、隣のおじさんはダイエット中という発想になってしまったのかもしれません。

Tuesday, October 4

一時帰国

あと少ししたら空港に向かいます。
空港には基本的には1時間前で十分、空港までは15分。これは、本当にいいところです。
いつもどおり乗り継ぎにも問題がなければ、日が変わる前にはうちにたどり着いている予定です。

ブログも、23日にこちらに戻ってくるまでは、「南の小さな国」からではなくなってしまうため、お休みします。

今回は少し余裕のある日程なので、お久しぶりの方など、お会いすることができればいいなと思っています。日本にいても忙しい方が多いので、かえって、遠方からたまに戻ってきました、という機会に連絡を取り合っていると、日本にいる人同士よりも頻繁に会っていることになったりもしますが。

連絡先はここ数ヶ月使っているプリペイド携帯です。使い勝手は悪いのですが、やっぱり、空港に降り立ったその瞬間から連絡を取れる体制になれるのは便利です。もう、携帯なしの生活というのは考えられなくなっています。

今日は曇り空、またスコールが来そうな気配です。
明日から、秋晴れの日本を楽しめることを期待しつつ。

Monday, October 3

New Moon

今日はラマダン入りを決定するお月様観測日。

今夜New Moonが観測されれば、その翌日(明日)からラマダンに入ることになります。
ただし、政府発表として新聞にも載っていますが、「科学的には今日は新月は観測されない」のです。つまり、天文学的には今夜新月は見えないわけです。それがわかっていながらも、なお、昔ながらのやり方で、国内の決まった観測地点で観測を行います。その結果、今夜、政府の正式発表がありますが、それまではラマダン開始はいつからかわからない、ということになります。今夜見えない場合(見えないはず、なのですが)、明日の夜が土砂降りであろうと、雷が落ちようと、それとは関係なく明後日からラマダンに入ります。

いまどき、月観測を実際にやってラマダン入りを決めるところは、イスラム教国でも少ないようです。
ラマダン初日は休日になりますので、それが直前までわからないという点からも、効率的ではありません。わかりきっていることでも、形式は重要ということなのでしょう。何事も、効率より形式重視の国ですから。

ラマダンに入ると、役所は午後2時か午後2時半まで。いったいいつ仕事をするのか、という感じです。おそらく、仕事はしないということなのでしょう。インドネシアなど、イスラム教国でもラマダン中も通常勤務のところも少なくないようですので、やはり特殊な国、なのかもしれません。

レストランなどの営業時間も変わります。多くのレストランでは、1日のラマダンが終わる午後6時頃から、ビュッフェを行うようです。空腹の中で、メニューを見て、オーダーしてと、のんびりしたことはやっていられないということなのでしょう。

昨夜は、弁護士補から正式に弁護士になった中国系友人のお祝いディナーに招かれました。食べることが大好きな彼女、当然、ムスリムではないのでラマダンは関係ありませんが、このラマダン中のビュッフェは結構楽しみにしているようです。確かに、新聞広告で見ると、割安な価格設定になっています。一時帰国から戻ってきたらぜひ一緒にと誘われました。ラマダンが終わるのをあと3分、1分とカウントダウンしているムスリムの人たちを横目に、普通にランチも食べている私たちがビュッフェの列に並ぶ(あるいは、ムスリムの人たちは、既に盛りつけたものを目の前に置いてカウントダウンしているのかもしれません)というのもどうかと思いますが、その雰囲気を見に行くのもおもしろいのかもしれません。

そうはいいながらも、明日から一時帰国。
ラマダン開始1日目の報告はできませんが、今回は久しぶりに長めの帰国なので楽しみです。

Sunday, October 2

Gala Night

とにかく、文化と名がつくものに飢えているため、昨夜は、マレーシア人の友人と一緒に、マレーシアのGala Nightなるものに行ってきました。Cultural performanceがいろいろある、という触れ込みでした。

マレーシアのナショナル・デーは8月だったはずなのに、何でこんな時期に、と思ったのですが、サバ・サラワク州(マレーシアの半島部ではなく、ボルネオ島に位置する部分)は、あとからマレーシアに統合されたので、年に2回、National Dayがあるということでした。

先日、インドも同じようなNational Day Eventなるものをやっていたのですが、行かなかったのでどのようなものかはよくわかっていませんでした。要は、マレーシア協会のようなところが中心となって、マレーシア人を中心に大勢が集まって、食事とエンターテイメントを楽しむイベント、でした。

まず、チケットには19時と書いてあったので、19時少し過ぎに行ってみると人の入りはパラパラ。プログラムを見れば、Guest of Honourの到着は19時55分。早く来すぎたことに後悔。主賓は20時過ぎても現れず、結局、到着は20分頃。それから、長いマレー語スピーチが始まり、ハリケーン「カトリーナ」への救済募金のためのイメージビデオが流されました。そして、21時過ぎにようやく食事。目の前に置かれていたお料理は、もう保温用の火が消えかかっています。ただでさえ、おそらく16度設定のホテルのボールルームで凍えそうなのに、冷たいお食事とは・・・。ちなみに、チケットは2種類あったようで、サーブされる円卓テーブルと、大テーブルごとの簡単なビュッフェスタイル。私たちはビュッフェの方だったので、とりあえず、皆と一緒に一斉にお料理に群がり、お料理をとって座るとエンターテイメントプログラムはすぐに開始されました。その間、サーブされる方はまだ前菜も運ばれていないところがほとんど。おなかが空いていたので、安いチケットの方でよかった、多少冷めていても、と思わず思ってしまいました。

エンターテイメントは、ダンス、歌、ファッションショー、バンド、ラッキードローで構成されていました。ラッキードロー(抽選会)はこちらでは人気があります。たいしたものでなくても(と私には思われるのですが)、「タダでもらえるもの」に喜ぶ、という傾向があるようです。余裕があるお金持ちが多いのに、不思議な気もします。

あまり上手ではないけれど、おそらくプロかセミプロのMCの司会により、次々プログラムが進んでいきます。ダンスのうちひとつは中国のもののようでしたが、女性ダンサーが7,8人で千手観音のような動きをするもの。これはなかなかよかったです。手に金の長い爪かハサミのようなものをつけて、技術的にもかなり高い優雅な踊りでした。その他のダンスは、期待していたいわゆる伝統的、古典的というものはあまりありませんでした。歌は、「アイドル誕生」的な番組で最終に残った人レベルのマレー・ポップス。歌唱力はそれなりにあるのですが、歌の雰囲気は日本の演歌にポップスを混ぜたような感じでした。全体的にいってみれば、レベルの高い発表会か学芸会、という感じでした。私たちは11時過ぎに帰りましたが、まだ、バンド演奏が続いていて、サーブされるテーブルではお料理が運ばれていました。

期待していた「文化」とは少し違いましたが、それなりに楽しむことができました。
むしろ、これこそが、マレーシアの現代文化体験、だったのかもしれません。

Saturday, October 1

コンサート

一応この国にも、Music Societyなるものがあります。

私も来てすぐにメンバーになりました。
1ヶ月に1回弱のペースでコンサートがあります。
英、米、仏、カナダなどいろいろなところから、2-3人のミュージシャン(ピアニスト、ギタリスト、歌手、バイオリニストなど)をよんで、ホテルのレストランを使った小さな会場でリサイタルをします。夕食付のときもあります。大使館、銀行などの大手企業をスポンサーに付けるので、チケットは比較的お手頃です。ただ、少ない予算でよんでくるので、「若手」も多く、必ずしも質的には高いものではないのですが、それはこの国で「音楽」を楽しむ機会を持てるだけでも満足すべきなのでしょう。

昨夜のコンサートは、フルートとギター。私にとっては、新鮮な組み合わせでした。フルートは昔少しだけかじったことがありますが、音を出すのに一苦労。初心者なので息の使い方が下手だったせいか、常に息を吐き続けていて、貧血と酸素不足で倒れそうになり、自分には向いていないと判断。3ヶ月お試しコース終了後、フルート購入はあきらめました。フルートは女性的で軽やかなイメージだったのですが、実際は結構な重労働、唇をべちゃっと楽器につけて必死に息を吹き込むので、近くで見ると吹いている姿はあまり美しくはないです、との先生の言葉に納得してしまいました。それはともかく、昨夜は、ブラジル音楽から、グリーク、モーツアルト、スペインの影響を強く受けたフランス作曲家の曲、タンゴなど、かなりバラエティに富んだ演目でした。ギタリストの男性がアレンジを担当しているということで、フルートとギターだけでこれだけ表現できるのか、と目からうろこが落ちた感じでした。

日本にいたら、わざわざチケットを買ってまで、フルートとギターを聞きに行こうと思わなかったので、選択の余地がないというのも新しいものを体験するという意味ではいいのかもしれません。

ひとつ、公演中にかなり気になったのが、同じホテル内でやっていた結婚式か近くのスタジアムからか聞こえてくる歓声と、会場であるレストランのキッチンで鳴り響く電話や食器をがちゃがちゃと片づける音。ジャズのような曲であればまだいいのですが、ソロのときなど、かなり耳障りでした。

このSociety、メンバーもコンサートに実際来るのもほとんどオーストラリアなどを含むヨーロッパ系。日本人を含めたアジア系がパラパラ。まさにExpatクラブです。いかに、この国の人の、MTV、特にマレーシアなどのポップス以外の音楽への関心が薄いかがわかります。
残念ながら、音響の良い、立派なコンサートホールができる日は遠いでしょう。

Friday, September 30

Sweet 18

昨夜は、オーストラリア人一家のバースデーパーティーに招かれました。

美人で背もすらっと高い彼女は大人っぽく見えますが、昨日で18歳。
パーティーは一家4人に数人の友人でテーブルを囲むこじんまりしたものでした。
友人といっても、彼女のご両親の友人、家族ぐるみの友人なので、明らかに皆、だいぶ年上。自分が18歳になったとき・・・と皆が遠くを見る目をしていたのが印象的でした。

仲の良い家族。でも、最近いろいろあったようです。
仕事で一時帰国していたオーストラリアから当日夕方に駆け戻ってきたお父さんのおめでとうスピーチ、そして彼女のスピーチ。彼女は、スピーチの途中で涙をこぼし、思わず回りももらい泣き。実は、いつも電話をしてきていたボーイフレンドが問題ありだったらしく、一時期は一緒に住んでいたものの、ドラッグ騒ぎでオーストラリアに戻ったそうです。お母さんは、もう電話がかかってこないからよかった、とほっとした表情でした。彼女の落ち込みは相当だったようですが、特に、お兄さんの支え、助けは大きかったようです。やっぱり家族は大切としみじみと感じました。

その後、もうひとつ素敵だったのは、皆がテーブルについている間に、少し離れたところで彼女がお父さんとダンスをしていたこと。父と娘のダンス。映画のワンシーンのようでした。

お料理やワインもおいしく、楽しいパーティーでしたが、何よりも心に残ったのは、この二人のダンスシーン。家族が一緒に過ごすこと。家族に支えられていること。こんな素敵な18歳のお祝いをしてもらえる彼女は幸せで、彼女自身もその幸せを存分に感じているのだと思いました。

Thursday, September 29

ラマダン

あと数日でラマダン(断食月)が始まります。

昨夜夕食に招んでいたマレー系の友人に聞いてみると、最初の何日かがつらい、のだそうです。
そのうち、生活リズムができてきて、ランチの時間には多少空腹でも夕方頃にはそれほど感じなくなり(確かに、おなかが空きすぎてピークを超えると空腹感はなくなります)、日没とともに食事をすれば大丈夫だといいます。人によっては、日没に食べ、その後もスナックなどをつまみ、夜食をとり、さらに夜明け前に重たい朝食をとるということですが、これは太る原因。彼女は、日没後の断食明けの食事以外は夜明け前にミルクを一杯飲むだけだそうです。本当に、そんな食生活で1日のエネルギーがまかなえるのでしょうか・・・。日本人のスタンダードからはやっぱりちょっとふくよかな彼女、ラマダンでダイエット、と張り切っています。ラマダン中もダンスのレッスンは続ける、というのですから、見上げたものです。おなかが空くと、何も考えられなくなる私にとっては、とても信じられません。

日本でもプチ断食がブームで、これは、デトックス効果、解毒と体の調子を整える効果があり、食生活や生活習慣改善にも役立つといいます。でも、イスラムの断食は、この暑い中で水も飲んではいけないのです。当然、昼間はクーラーの効いた部屋でほとんど動かず、仕事もしない、非効率な毎日となります。外に出ていたら脱水症状を起こしてしまうでしょう。ラマダン中の昼間の街はとても静かです。

子どもに何歳から断食を始めさせるかはその家の方針によるようです。早ければ3歳ぐらいから、まずはオヤツを食べさせない、といったレベルから慣れさせるそうです。確かに小さい頃からやっておけば、できるようになるのでしょう。例外として、女性は妊娠中などの場合には断食をしなくてすみます。旅行中もやらなくていいそうです(だから、いつも国王は英国に逃避旅行しているのでしょう・・・)。免除された部分は、あとで、適当に補えばよいそうです。

友人は数年間ヨーロッパで生活していたのですが、「旅行」でなくて「住んでいた」のでその間もやっていたそうです。みんながやっていないところでやるのは大変では、と思ったのですが、実は楽な断食だったといいます。ヨーロッパの冬は日照時間が短いので、普通に朝食をとって、ランチを抜いて早めに夕食をとればいい、といわれて、思わず納得しました。仕事も忙しくて、気がつけば夕方という感じだったそうです。ただ、逆にいえば、イスラム歴は年によってずれてくるので、夏にあたることもあります。そうなったときはどうするのでしょう? 夜の10時になっても明るい空をおなかを抱えて恨めしげに眺めることになるのでしょうか? さらにいえば、もしも、白夜の北欧で生活する敬虔なイスラム教徒がいたら・・・。1日中、全く飲むことも食べることもできなくなってしまいます! さすがに、そういうときは、母国の時間でやるなど融通を利かせるようですが。

友人は、まさにラマダン期間中、私自身の一時帰国日程と重なって日本訪問予定です。
今回は、「旅行」にあたるので断食はしないことになります。日本食もかなり好きな彼女。
そうすると、ダイエット計画もなかなか難しいのかもしれません。

Wednesday, September 28

秋から夏へ

週末の駆け足一時帰国から戻った昨夜、空港に降り立ったらいつもどおりのムワーッとした空気。
秋の風を感じる日本から一気に季節が戻ってしまいました。
この温度差はやはりこたえます。

日本との時差はわずか1時間。これは、本当に楽です。世界地図で見れば、赤道に向かって斜めに降りていくわけです。そして、ここからさらに南下していけば、季節は逆ではあるものの、再び四季のある世界へ。地図という平面を眺めていると忘れてしまいますが、地球は丸いということをふと思い出す瞬間です。

日本では当然のことながら、秋物商戦真っ盛り。なぜか、この国では、Grand Saleなるものが最近始まったようです。季節感がないということは、季節商品もないということで、バーゲン時期もいってみればいつでもよいわけです。今までも、一応、セールの時期というものはあったのですが、今回のGrand Saleは、政府主導のようです。シンガポールなど周囲の季節のない国々でも、バーゲン時期はだいたい決まっていますし、マレーシアやタイなどが観光振興の一環でセールのプロモーションにかなり力を入れていることに触発されたのでしょうか。つい最近始まって、ラマダン明けぐらいまで1ヶ月も続くそうです。新聞によれば、このプログラムに参加するデパートやお店は、商品在庫の何%を何%オフにしなければならない、などと決まっているようなのですが、普通は需給バランスで価格は決まるもの。何とも不思議な感覚ですが、この訳のわからなさ加減は何ともこの国らしいです。ラマダン中の国民の購買意欲を盛り立てて空腹を忘れさせるためなのか、観光客がますます少なくなるラマダン中に少しでも訪問客を確保しようとする策なのか。いずれにせよ、効果はそう期待できませんが、とりあえず一消費者としてはモノが安いことはいいことです。ただ、やはり、値段で勝負というよりも、本当は、モノの種類を増やして、品質をあげるということを考えた方がいい気はします。

それでも、今週末は、ショッピングモールをのぞきに行こうかと思います。
来週からの一時帰国のお土産に、相変わらずのお菓子だけではなく、何か掘り出し物があればよいのですが。

Thursday, September 22

Nail Art

爪は意外に目立ちます。
今は、日本で買ってきたシールタイプのネイルアートを自分でしていますが、よくお友達からどこでやったのか、どこで買ったのかと聞かれます。今日もランチを食べたレストランのレジで聞かれました。
今付けているものは、蓄光性のある塗料が塗られているので、夜になると光る白い唐草模様のような形のものを何本かに。ベースはクリアで、ラメ入りのトップコートを塗っています。

ネイルサロンはいくつかあります。
ネイル専門というところは1軒しか知りません。たいていは美容院の中です。マッサージやエステと組み合わせてできるところもあります。美容院では、ときどき、メニューにあるものの実際にはネイリストがいないという場合もありますが。ネイリストは基本的にフィリピン人。やっぱり、器用なようです。

日本ではネイルサロン流行り。ちょっとネイルの勉強をして、ネイリスト。あちこち行きましたが、ものすごく時間がかかり、時には自分でやったほうがよいかも・・・と思うような仕上がりのときもありました。もちろん、有名なお店、人気店、カリスマ・ネイリストのところにいけば、技術もあり、素敵な爪に仕上がるのでしょうが、あまり頻繁には行けない価格設定で、予約をとるのも大変。その点、ここでは、マニキュア・ペディキュアを両方やっても30ドル程度(約2000円)。もちろん、ケア込みです。日本だと、塗ってあるマニキュアをリムーバーで落とすだけで、+500円、などという場合も多いので、それを考えると格安で楽しめます。

アートについては、技術とセンスがものをいいます。ひとり、とてもセンスのいいネイリストがいて、アートをしたいときは彼女を指名します。一色のお花などシンプルなものだと、マニキュア料金に+5ドルぐらい。しかも、これは1本ではなく、10本のお値段なのです。もちろん、手書きです。ベースをクリアにして、アートをする、というアイディア、テクニックはまさに彼女から学びました。白いお花などは、カラーを塗らない方が映えます。このお店を中国系の友人に教えてもらって以来、何度か通いました。日本のサロンのようにきれいなお店ではないですが、マッサージも気持ちがよく、週末はかなり混んでいます。ちなみに、このお店に置いてあるネイルの本はほとんどが日本のもの。彼女たちはこれを見て新しいデザインなどを研究しているようです。ただ、並べてあるサンプルにはそんなに素敵なものがないのですが・・・。

最近、爪の一部が欠けてしまったため、しばらくネイルは自分でやっていましたが、日本から持って帰ってきたシールタイプのネイルアートも切れてしまいました。そろそろまた、いつものお店に予約をいれようかしらと思っています。

この国での数少ない気軽にできる贅沢です。

Wednesday, September 21

トラブル

昨日、友人二人が帰国。

いつもだったら、チェックインを手伝って、中に入る前までお見送りをするのですが、昨日は空港に着いたところで、さようなら。出発時刻になり、無事出発したかしら・・・と思っていたら、しばらくして電話が。

携帯のディスプレイに番号表示がない場合は、国際電話。何かトラブルでは、との想像どおり。
ああ、やっぱりチェックインまでは一緒にいるべきだった、と思ったものの後の祭り。

2回の乗り継ぎで日本に帰る予定ということだったのですが、航空券の枚数が多かったせいか(そんなことはいいわけにはなりませんが)、どうも、空港カウンター職員が、間違った部分を切り離してしまったため、たった今乗ってきた分の航空券は残っているのに、これから乗り継ぐ分の航空券がない!とのこと。航空券がないから搭乗券をすぐに発券してもらえない、という事態に陥っていました。でも、どう考えても、ミスであることは明らか。航空券の最後のページは領収書になっているので、すべての行程が記されているし、そのうちの1枚が抜けていて、しかも搭乗済みの航空券が1枚残っているということであれば、カウンターでのミスであることさえ確認したら発券は可能なはず。乗り継ぎ時間に余裕もあったので、結局ミスが確認されて搭乗券を入手できたとの連絡がありました。その後、今日の午前中、無事おうちに着いたそうです。

航空券は細かい字で読みにくく、わざととしか思えないわかりにくい記号も多いですが、特に乗り継ぎが多いときは確認をしたほうがよいと思います。前にも、切り離して渡された一部航空券をなくしてしまったケースがありました。海外旅行の際には、まずは、パスポートとビザ、そして航空券、お財布、これだけは普段以上に慎重に。

旅行中のハプニングは、その後、いい思い出になることも多いですが、トラブルになるとイヤな思い出。
あまり疑い深くなりたくはないですが、信用しすぎないほうが安全。
特に、ここの空港は事務処理能力も低いので、今後の自戒の念もこめて。

ちょうど、今週末の駆け足一時帰国のチケットが届いたので、早速確認してしまいました。

Tuesday, September 20

Made in ...

この国らしいものは何? お土産には何を買ったらいい? この質問にはかなり困ってしまいます。
石油以外にとれるものはわずか。キラキラ華やかなイメージと異なり、宝石や金などがとれることもなく、加工技術も進んでいません。ハンディクラフトといえるものも、周囲の国からの輸入品がほとんど。

今日帰っていく友人たちにも最初に聞かれましたが、結局彼女たちも、お菓子と切手以外は、周囲の国でつくられたスカーフ、小物などを買ったようです。小さな国ですが、ある意味、歴史的には島ひとつ一緒、と考えれば周囲の国のものまで「このあたりの」お土産ということはできるかもしれません。そうすると、お菓子、香辛料、ハンディクラフト、雑貨、家具などに至るまで、対象を広げることはできます。日本も、実際は、純粋にMade in Japanといえるものが少ないですが、ここでも範囲を狭めると全く何も買えなくなります。

お土産として、というよりも、こんなお店がと笑えるのは、日本の100円ショップグッズを扱っているお店。日本の100円ショップで売っているそのままのパッケージの状態のものが、3~5倍の値段を付けて売られています。このお店、置いている商品が他と違うので、ディスプレイに目を引かれ、少しあか抜けているかしら、ちょっとおしゃれなものが売っているかも、と思って入っていくと、実はほとんどの商品が100円ショップグッズ。100円ショップの偉大さ(!)を感じます。

日本の電化製品などの性能の良さから、アジアでは、日本のメーカー、ブランド名に似せた名前やロゴを使った製品はあふれています。また、コピー商品や海賊版だけでなく、マレーシアなど周辺国でつくられたお菓子や日用品には、訳もわからず日本語が書かれていて、それが「おしゃれ」であったり、「品質がいいのではないか」と思わせる手法のようです。時には思いっきり間違っている日本語表記。それでも、昔、日本でも平気で間違った英語の書かれたTシャツを「かっこいい」と思って着ている人が多かった時代を思い起こせば、一緒なのでしょう。ちなみに、日本語の書かれたTシャツも結構人気です。欧米人も漢字のタトゥーが「Cool!」だといって、「恋」のつもりで「変」という字を入れてしまっているとか、自分の名前らしきあて字が、鏡文字になってしまっているとか、そんな誤解はたくさんあります。

それにしても、この100円ショップグッズ輸入ショップは、安売り・均一の「1ドルショップ」ではなく、日本のものを扱っているおしゃれなお店、というイメージ路線です。その実、Made in Japanはひとつもないのですが・・・。直接、中国などから輸入すれば、よっぽど安く売れるはずですが、日本人的なセンス、日本語のタグといったものが、不思議な付加価値を生み出しているのです。ただ、置いてあるグッズは、おそらく、日本の100円ショップで売れなくなった在庫などを中心にまとめて引き取ってきているのでしょう。中には本当にここで使われるのだろうか、というような商品や、日本語のみの説明書きで使い方がわからないのでは、という商品もあります。

とても、お土産にはなりませんが、この国ではこんなものが流行っているというのを見るのは、意外におもしろいものです。

Monday, September 19

Moon Cake

金曜日から友人2名が遊びに来てくれているので、週末はモスクなど数少ない市内観光をしていました。ドライバー役もガイド役もだいぶ慣れてきた感じです。

土曜日は、マレー系の友人のおうちで共通の知り合いの送別会を兼ねたホームパーティー、日曜日は、中国系マレーシア人の友人のおうちでのお月見パーティー。いずれも、お友達も一緒にといってもらえたので、3人でお邪魔しました。お月見といっても、日曜日の夜はあいにくのスコール。たまに小降りになっても、雲は厚くて、残念ながら満月は全く見えませんでした。彼女の仕事柄、フランス人が多く集まった中秋の名月のお祝い。フランス語と英語が混じって飛び交っていました。プールサイドのテラスには提灯が飾られ、デザートには月餅があって、と多少はそれらしい雰囲気もありましたが、名目はともかく、いつもどおりのにぎやかでなごやかなパーティーでした。ホスト・ホステス夫妻を始め、いつも新しい人たちを受け入れ、とけ込ませてくれる雰囲気があるので、友人たちにも楽しんでもらえたのではないかと思っています。

週末、友人たちとスーパーにお買い物に行きましたが、その際にも月餅が既に安売りされていました。18日を過ぎてしまえば、クリスマスケーキと同じで、もう価値がないということなのでしょう。パイナップルフレーバーなどがありましたが、ごく普通に個別包装されるか、箱入りになったものでした。中国で賄賂になると問題になっているような、「フカヒレ入り」「ツバメの巣入り」などの超高級月餅や、立派な箱にいれられているもの、「おまけ付」(高価すぎて、どちらが「おまけ」か、という議論がでるようなものらしいですが)は見あたりませんでした。

パーティーでいただいた月餅は2種類。小さくカットしたものでしたが、そのうちのひとつは、ドリアン味! ドリアンケーキの時のように飲み込めないほどではなかったので1口はコーヒーで流し込んでしまいましたが、月餅にもドリアン餡があるとは・・・。残った1口はお皿に残したままになってしまいました。日本でいただく月餅は、ごま風味の餡にくるみなどがはいっていて、割合好みの味だったのですが、これは日本人向けになっているものだったのでしょうか。こちらのものは癖があるものが多いようです。もっとも、これが本来の味なのかもしれませんが。ちなみに、日曜日は、パーティーに行く前にホテルでハイティーをしていて、相当ケーキやスコーンを食べたあとでした。甘いもの好きなので、それでも、結局、月餅に手を出している自分に自分でアキレてしまいました。

そして、さらにおまけがあり、ホストである友人のご主人が3日後にお誕生日ということで、お開きになりかけた頃にサプライズのバースデーケーキ。バースデーケーキにしては比較的派手ではなく、普通サイズのラウンドのケーキでしたが、太めのキャンドルを1本。さすがに、彼はちょっと恥ずかしげでしたが、キャンドルを吹き消しざくっと豪快に半分にカット。

前回の失敗があるので、配られたケーキを慎重に一口。チーズケーキでした! 

Moon Cakeよりもやっぱり普通のケーキのほうがおいしいと思いましたが、いずれにせよ、忙しいけれど楽しい週末でした。

Thursday, September 15

アパート

今はfully furnishedといわれる家具付アパート生活です。
一人暮らしには広すぎる3ベッドルーム、ほとんどドアを開けたこともない使用人部屋付。

実は、1軒家を借りた方が安いぐらい超高額家賃。「当地では」最高級マンション。
一般的には、ここ数年で家賃が大暴落しています。しかもアパートの築年数もそれなりに経ってきているにも関わらず、相変わらずの高家賃で外国人向けに貸している物件です。特に日本人向けには高いという話もあります。前任者が住んでいたのと、とにかく早く落ち着きたかったため、慌てて決めてしまいました。そもそも、あまり選択の余地がなかったのです。というのも、いわゆる日本でいうマンションタイプの物件の数がものすごく限られているのです。特にそれなりのクオリティを求めると、片手に入るぐらいしかありません。一軒家が主流ですが、一人暮らしには広すぎるし不用心です。需要と供給のバランス。外国人向けの、しかも、一人暮らし向け物件がほとんどないため、家賃の高さには目をつぶって、安全とある程度の快適さを選んだという状況です。

それでも、慣れてきてから、他を探そうと思ったこともあるのですが、結局そのままです。ひとつのネックは運転が不得意なこと。長いドライブ、一車線しかないような道は避けたいと思うと、ますます選択の幅は狭まれます。でも、やはり決め手は、住んでいて安心感があること。何といっても最上階のペントハウスは大家さんが住んでいます。そのため、セキュリティや共用部分のお手入れなどはしっかりしています。また、何か故障などがあっても、比較的早く対応してくれます。

fully furnishedだと、ベッドやテーブルはもちろん、カップやスプーンまでついています。英国生活のときは、さらに、リネンなどまで揃っていて、何もなくてもその日から生活ができる状態でした。こちらでは、さすがにそこまでではなかったのですが、少なくとも、高いだけあって、電化製品は全部つけてくれました。ただ、最初からあった掃除機やアイロン類があまりにもボロボロ。使えるのですが、使い方にコツが必要なほど。先日、試しに言ってみようと、家賃の支払いとともに交換してもらえるか聞いてみたところ、昨日新品が届きました! こんなことだったら、早く言えばよかった・・・と思いました。ただ、入居の際に、かなりがんばって家賃交渉したこともあり、しばらくは言いづらかったというのも事実です。それでも、相場よりは明らかに高い家賃。いってみるものです。自分で買ってしまわなくてよかったです。

明日から友人2人が日本から遊びに来ます。普段使われていないゲストルームが活躍します。

本来は、2ベッドルーム、1スタディルーム(書斎)、という間取りだったのを、「Study」はしませんからといってベッドルームに変えてもらったので二組までのお泊まりは問題なしです。別のところに移るかどうか迷いつつ、なんだかんだいいながらも、そのまま過ごしてしまいそうです。

Wednesday, September 14

巨大ジュース

先日、ランチをしたレストランは、大衆タイ料理。

一瞬、食べ物のお店ではないのではないかと思われる、水色のペンキ。ガラスも黒っぽいものが使ってあって、外からは中がよく見えません。店名の入った看板も上のほうにかかっていて目立たないので、一瞬通り過ぎてしまいそうです。中に入っても、同じ水色一色。ちょっと食欲をそそる色ではありません。水色というのは塗料の中でいちばん安いのだとかいう話も聞きました。とにかく、こんな目立たない外観の割にはお昼はほぼ満席。その人気の秘密は、飲み物にありました。

フレッシュジュース、各種ソフトドリンクには、ノーマルとラージの2サイズ。いつもはお茶派なのですが、ジュースが目玉と聞いていたので、ノーマルサイズのフレッシュ・グリーン・アップル・ジュースを注文しました。そして出てきたのは、中ジョッキより少し大きいぐらいのプラスチックのグラスに並々と注がれた薄緑色のジュース。間違えて、ラージが出てきたのかと思い、目を疑いました。これが約140円。この量と安さは確かにすごいと思いました。ちなみに、ラージのほうは、高さはそれほど変わらないのですが、さらに横幅のあるグラス。ノーマルすら飲み干すことができなかった私は、ラージを飲んでいる人たちを見てびっくりでした。ビールなら大ジョッキは軽い、という声もあるかと思いますが。お店を見渡していちばん人気は「カクテル」なる飲み物。これは、缶詰のミックスフルーツ、シロップ、水、牛乳を混ぜたもののようです。これを飲み(食べ)ながら、巨大オムライスなどをほおばっている人たちを見ると、これが、あの体型を作るのだなぁと納得してしまいます。

最近、ようやく、政府が国民の健康を意識し、取り組みつつあります。無料ヘルスチェックや講演会などがフィットネスクラブの数とともに増えている感じです。ただ、まだまだ健康維持に関する基本知識を持っていない人が多い気がします。日本ではプチ断食がはやっていますが、来月はラマダン(断食月)。プチ断食は、体の中の悪いものを出し体調を整える効果があるといいますが、ラマダンはどう考えても体にいいとは思えません。3食決まった時間に食事をして間食を控えるとか、甘いものや油ものをとりすぎないとか、そうした私たちの「常識」とは相容れないのです。ラマダンが始まったらダイエット、という声も聞きますが、成功率は低いのではないでしょうか。先日発表された研究結果でも、夜に摂取した食べ物はそのまま吸収されてしまうといいます。日没後に食べて、夜明け前に食べる、という「夜」の2回の食事。ラマダンに入ってすぐはつらいけれど、すぐに習慣になって慣れるといいますが、その習慣が怖いのでは・・・という気がします。

ムスリムの人たちが巨大ジュースをランチに楽しめるのもあと3週間ほど。
きっと、あのレストランも、3週間後には、お昼時は閑散として、夜中に巨大ジュースがテーブルにいくつも並ぶという光景に変わるのでしょう。

Tuesday, September 13

Gecko

日本の総選挙、投票率も高かったですし、今回については、特に世界各国からも注目されていました。ところが、こちらでは新聞の2面にちらっと記事があるのみ。アジア地域で、普通の感覚の国だったら、昨日の新聞1面トップには、「LDP Landslide Victory」が入ると思うのですが。ちなみに、昨日の1面は、外務大臣である王子がニューヨークに到着したという写真(出迎えに誰が来たということのみで中身なし)、シンガポールのデング熱、マレーシアのヘイズ。

そんなことに段々慣れつつも、もうひとつ、ようやく慣れてきたのが、どこにでもいるゲッコー(gecko)ことヤモリ。

昨夜のコーラスの練習で、創作アーティストでもあるおばさまが、オリジナルデザインだという金のゲッコー・ピアスをされていました。彼女は、ゲッコーや蝶など、トロピカルなモチーフで雑貨などを作成、販売しています。ゲッコー・ピアスはなかなか素敵、とはいえ、本物のゲッコーのほうは、まだ「かわいい」とまでは思えません。

忘れもしませんが、到着直後、ホテルで過ごした2泊目。部屋に戻り、テーブルに載せておいた新聞をふと持ち上げた瞬間、3,4cmのサイズのベイビー・ヤモリが・・・。思わず、悲鳴をあげてしまいました。こちらも怖かったのですが、相手のほうはもっとおびえてしまったらしく、新聞から転げ落ちたあと、一瞬停止。その間、両者動けずみつめあった(?)まま。1秒後でしょうか、5秒後でしょうか、あちらは、脱兎のごとく逃げていきました。

2日目にして早速洗礼を受けたわけですが、本当にヤモリはあらゆるところにいます。とても、慣れられないと思ったのですが、壁を走っていく姿を見ても、黙認できるようにはなりました。たまに、鳴き声も聞こえますが、意外に甲高く大きな声です。サイズは、10cm程度でそれほど大きくなく、色も比較的薄い感じなので、おもちゃのゴムのヤモリと同じような感じです。慣れてくるとそれほどグロテスクさは感じなくなってきます。害虫を食べてくれるのでいいのですが、あちこちにフンを落としていくので、お部屋の掃除は大変になります。

まだまだgeckoモチーフの雑貨を喜んで使うほど、gecko好きにはなれません。それでも、見かけても叫ぶことなく、フンを掃除しつつ、彼らと共存していかなければならないというアキラメの境地には至っています。

Sunday, September 11

Wedding

昨夜は中国系の友人のバースデーパーティーでかなり遅くなり、ワインも飲んで、今朝は相当つらかったのですが、眠い中なんとか起きて、初のマレー・ウェディング体験。

「そうそう、結婚式があるけど、行く?」というものすごい軽いノリで誘われたのが2週間ほど前。2つあるから掛け持ちになるといわれました。片方の新婦は一度だけ会ったことがあるものの、もう片方は全く面識なし。いいのかしら・・・という疑問を抱きつつも、せっかくのお誘いなのでいくことに。ご丁寧にバジュクロンまで貸してもらいました。小柄な彼女の妹さんのものということで、モダンな、腰のあたりをしぼったシェープのあるタイプなのですが、典型的花柄。完全に自分の好みとはいいがたいですが、せっかくの好意、喜んで受けることにしました。スカーフはかぶる必要なし、といわれたので、髪はアップにしました。朝、美容院にいくかもと張り切っていた友人は、結局寝坊していけなかったようで、いつもと同じヘアスタイルでした。若い人たちは、結婚式のような場でも、スカーフなしの人も多いようです。

結婚式は、新婦のおうちで行うのが一般的だそうです。最近、ホテルでのレセプションというのも少しずつ増えているらしいですが、準備が大変とはいえ、まだまだ家が主流とのこと。

招待状の地図を見ながら目指すおうちに向かいます。一軒目は、4人の子どものうち、唯一の女の子、ということで、かなり大がかりで華やかなものでした。ハシゴする私たちは、開始時間(ゲストの到着時間)ぴったり、という相当早い時間に着いたので、まだあたりには車がパラパラ。まず、入り口のあたりで、プレゼント(お土産)を渡されました。伝統音楽の生演奏や、チュールやリボンの飾り付けが、お祝いムードを盛り立てます。広い庭・駐車場部分にはいくつものテントが張られ、イスとテーブルが所狭しと並べられ、既にテーブルの上にはケータリングのお料理が載っていました。家の中も同様に飾り付け、キッチンやリビングにはイスやソファーが並べられ、相当大勢のお客様を迎えられるようにしてあります。まずは、花嫁にお祝いを言うということで、中へ。花嫁は準備中ということで、30分ほどおしゃべりしながら待ちました。お部屋に通され、お祝いを言うと写真撮影。再び家の外に出ると、だいぶ人も増えている様子。人が増えたということは車も増えているということです。道路は、ずいぶん先の方まで車で埋まっています。ここで私たちは、もう次のおうちに向かうことにしました。結局、ブルーのなかなか素敵なドレスを着たきれいな花嫁さんを見ただけでした。新郎はあとから来るということで、残念ながら顔を見られませんでした。ちなみに、花嫁のブルーのドレスはマレーシアでオーダーしたそうで、2000ドル(約14万円)かかっているそうです。

次の家への道すがら、3軒も結婚式がありました。学校休暇中の今の時期はウェディングシーズン、金曜日はお祈りがあるので、まる1日使える日曜日に集中するそうです。私たちは2件ですが、人によっては何件もの結婚式を掛け持ちすることになるそうです。次の家に到着すると、またお土産。これは、昔は繁栄の意味をこめたゆで卵だったのが、今はお菓子、お皿などちょっとしたものに代わったそうです。お土産をいただき、また家の中へ。準備中の花嫁に会い、その後、外の席で待つこと30分。どこでも待つ時間は長いです。こちらのおうちでは、マレーのポップスがスピーカーからガンガン流れていました。そのうち、花嫁のお母さんやおばさんが挨拶に回ってきます。その後、しばらくすると、やおらお祈りが始まり、次はどうするのかと聞くと、「Eat!」とのこと。ケータリングの簡単なランチをとり、食べ終わった頃にようやく新郎到着。花やリボンで飾り付けられたBMWから降り立った新郎は、ビーズのついた華やかな傘を差し掛けられて、家の前を歩きます。家に入る際には、何かお祈りの言葉と水をかける儀式のようなものをしていました。その後、新郎新婦がともにでてきて写真撮影。新郎新婦は、淡いグリーンの衣装で、これもまた素敵でした。写真撮影が終わると、以上、でした。

マレーの結婚式は1週間ぐらい前から儀式がたくさんあるとのこと。これは、限られた家族、親族、親しい友人などが出席するものだそうです。何百通という招待状がばらまかれている結婚式というのは、知り合いがみんな来て、軽く食べてお祝いを言って帰るというものらしいです。ハリラヤ(断食明けのお祭り)のオープンハウスと同様、誰でもwelcomeという雰囲気のようです。ケーキカットなどもそれほど一般的ではないそうで、写真撮影以外に特にイベントもなく、あっけない感じでした。

それでも、バジュクロンを着てマレー系の友人たちとともに、幸せそうで輝いていた花嫁さんたちに会えただけでも、とてもいい経験でした。典型的なこのシーズンの日曜日の過ごし方を体験できた、ともいえるのかもしれません。

Saturday, September 10

公共料金

今日は空いていて助かりました。
銀行口座引き落としができない、あるいは当てにならないということで、毎月、公共料金の支払いにいくのですが、時に長蛇の列。せめて、一カ所で全部払えればいいのですが、それぞれ違うところなので本当に面倒です。

最初のうちは、請求書が来たと思ったら、その翌日ぐらいが支払い締め切り日になっていたり、前の住人の分の請求が来たり。しかも請求書の大半はマレー語。慣れない生活とともにパニックしていました。ただ、その辺り、割と適当なのだと気づいて、だいぶ気が楽になりました。たとえば、電気代については毎月メーターを読まないため、適当な予測額を請求して、数ヶ月でならしてしまいます。そのため、締め切り日は厳格ではないようです。さすがに何ヶ月もため込んだら、いきなり切られるということもあるのかもしれませんが、数日程度では何もいわれません。

そういえば、駐車料金の踏み倒しが多いという記事が先日ありました。車社会なので、当然、どこにいっても駐車場が必要。タダで停められるところも多いですし、路上駐車は平気でみんなやっていますが、有料地下駐車場と有料駐車スペースもあります。地下駐車場は入るときに払うので問題ないのですが、路上の有料スペースというのが不思議な存在。駐車料金徴収おばさん(もしくは、おじさん)がやってきて、停めてある車のナンバーをチェック、これまたマレー語のみの駐車料金請求書をバンパーに挟んでいきます。30分ごとに1枚増えていくので、長く停めると何枚もバンパーに紙が挟まっています。その請求書を持って、回ってくる人に払うか、何カ所かにある駐車料金支払いボックスにいる人のところで支払います。ただ、問題は、払いたいと思ったときに払えないときがあるのです。夕方になれば、この徴収係は帰ってしまいます。支払いそびれると、その後、(たかだか100~200円程度の・・・)駐車料金を払うためだけにまた来ないといけないのです。踏み倒す人の気持ちも十分わかります。小心者の私にはできませんが。結局、ナンバーをチェックしても、罰則も追求も甘いのでしょうか。

日本のように、銀行引き落としが普通、何でもコンビニで入金可能、最近はネット決済も一般化、プラスチックマネーも普及、という便利さに慣れてしまうと、3G携帯を売るより先にこちらをどうにかして!と叫びたくなります。ちなみに、電話料金の支払いで電話局にいったら、携帯の申し込みにはたくさん人が並んでいました。携帯電話は日本の2~3倍と高額なので、携帯電話ローンというのもあるそうです。そうまでして買いたいなんて、と思いますが、かなりの新しい物好き、のようです。

Friday, September 9

ブティック

ダンス仲間の中国系友人の友人がブティックをオープンした、ということで夜遅めに連れて行ってもらいました。

「ブティック」という言葉から、ちょっとこぎれいな、ガラス張りのショップを想像していたのですが、だいぶ違いました。コンプレックス内のビルの2階の1室。手書きのサインに、お店に入るにはベルを鳴らして、鍵を開けてもらいます。よくいえば、隠れ家的? でも、日本のイメージでいけば、ごったなものがディスプレイされている小さなアウトレットショップという感じ。何度かダンスパーティーでも見かけたことがある彼女の娘らしい、アフロヘアでぱっちりおメメの小さな女の子がお菓子をほおばりながら、うろうろ。時に商品で遊んでしかられるという何ともアットホームな雰囲気。こんな店構えで、基本は口コミのよう。ダンスをする中国系の人たちをターゲットにしているらしい品揃えは、セクシーなものが多く、確かに普通のショップとは違いました。比較的シンプルな黒いフレアタイプのストレッチスカートなどは、「シンプルすぎる」からダンスのパフォーマンスに使うような場合は、無料でスパンコールなどをつけてあげる、といわれました。お客さんはみんなお友達なので、サービスはいいようです。仕入れは、シンガポールあたりからだと思いますが、やはり縫製は雑。せっかく連れてきてもらったからと迷いながらも、激安トップスを購入。といっても、デザインはまぁ気に入ったのですが、ノリではりつけてある模様のラメは、裏側に折り込んだ部分にまでついていて、ざらざらして着心地が非常に悪いのです。それを言ったら、切って、縫い込んでくれるとのこと。結局、後日取りに行くことにしました。果たしてどのようなできあがりになっているのでしょうか。

実は、ここにきて、日用品以外のショッピングは全くといっていいほど、していませんでした。必要なものはたいていあるのですが、欲しいものがないのです。こんなにお金持ちの国のくせに、まともなブランドショップはおろか、デューティーフリーショップもありません。税金がないので、デューティーフリーの意味がないのと、お金持ちは、海外でショッピングしてしまうからなのでしょうか。ベトナムのようなフレンチテイストのセンスのよさもなく、インドネシアなどのような安さや民芸品的なものもなく、シンガポールのデパートのような品揃えもないという、なんとも中途半端なのです。気に入ったものを見つけるのは、相当の時間と根気が必要です。

日本はもう秋物。次に帰国したときは、ショッピング欲が高まっているに違いないのですが、買って帰っても着られないお洋服ばかりになっているのが寂しいです。

Thursday, September 8

先生稼業

昨日は、先日、ベトナム・カンボジアに3週間旅行に行ってきたという英国人の友人とうちで夕食。

先生なので、長期のお休みが頻繁にあってうらやましい限りです。ただ、こちらでの先生というのも、なかなか大変なようです。彼女は、インターナショナル・スクールで化学を教えています。そのため、そんなひどいことはないようですが、公立学校では、かなり生徒がワルだったり、荒れていたりすることもあるようです。生徒に泣かされたとか、ひどいときには「登校拒否」になりそうで学校を変わったという話も聞きます。英語の先生だと日本で教えていたケースも多く、日本の生徒はおとなしくてよかった、また日本で教えたい、といわれることもよくあります。そんなに日本の生徒がマジメでおとなしいとは思っていなかったのですが、比較の問題なのでしょうか。最近、日本では先生もののドラマが多いようですが、彼女たちがああいうドラマを観るとどう感じるのか、興味があるところです。

それにしても、今、先生仲間の間では、ベトナム・カンボジア旅行がブームのようです。インターナショナル・スクール、私立、公立によって、学校のお休みの時期が異なるということで、入れ替わりでベトナムやカンボジアに旅行に行っている先生友達がいます。

私自身、カンボジアに行ったのは、もう6年近く前。アンコールワットやアンコールトムの写真は懐かしかったです。ベトナムで、子豚を何匹もいれたかごをくくりつけたバイクの写真やクモの唐揚げ(!)、ヘビの写真には、笑ったりぎょっとしたり。ベトナムはホーチミンしか行ったことがないため、田舎の様子は新鮮でした。どちらの国でも、戦争関連の博物館等のパンフレットもはさまれていました。東南アジアでの反日感情から、この国を含むアラブ諸国での反米感情などについても話題にのぼりました。英国人の彼女が東南アジアに来る前に受けたアドバイスというのは、まず最初に自分は英国人であることをアピールすること、だそうです。ブレア首相もブッシュ大統領のプードルと呼ばれたぐらいですから、英国だから安全とも思えないのですが、特に東南アジア地域に限定すれば、アメリカ人と間違えられるよりはよっぽどよいということなのでしょうか。

義足や義手の人も、物売りの子どもも、物乞いもいないこの国。毎日車で送り迎えされて学校で学ぶ子どもたち。この国がいかに恵まれているかを感じます。カンボジアで(小銭をもらって)笑顔で写真に写る子どもたちはきっとまともに勉強できる環境ではないはずです。将来は、国際機関などで働くことも考えているという彼女。子どもたちの写真が多かったのも、そういう視点で旅してきたからなのでしょう。ふと、アフガニスタンの事件を思い起こしました。生徒に伝えたい、教えたいという熱意こそ、先生に必要であり、それこそ先生の鑑といえるのだと思います。ただ、それと同時に十分な準備や状況判断は求められます。

思えば、ここでのお友達の多くが日本では「先生」と呼ばれる職業。特に子ども相手の先生稼業は、想像以上になかなか楽ではないようですが、とても重要で魅力的な仕事だと改めて思いました。

Wednesday, September 7

Sit-down comedy

何?という感じですが、英語のStand-up comedyの日本語版。
座っておもしろおかしな話をする、つまり、落語なのです。

昨日は、「英語落語 Rakugo in English」の公演がありました。実はこれまで日本語でも落語をきちんと見たことがありませんでした。テレビでちらっと見たこと、大学時代に落研(おちけん)に入っていた人がいたなーとぼんやり思い出す程度。「ジュゲムジュゲム」など、ストーリーとしては知っていますが、今ひとつピンとこない感じ。伝統芸能にも興味があるので、文楽、歌舞伎などはたまにいっていたのですが、落語はちょっと遠い存在でした。お友達に結構声をかけてしまったのですが、楽しんでもらえるかどうか・・・とちょっと不安なところもありました。

そんな不安は杞憂。古典落語をベースに現代風、英語版にアレンジ、小話風にまとめたジョーク、途中にマジックもはさみ、最後には南京玉スダレ(これも初めて見ました!)と、よくできていました。正直なところ、マジックなしで、落語だけで十分という気がしました。三味線、太鼓、笛などお囃子、伴奏も生で、歌舞伎のような大がかりな舞台装置、道具、衣装はないけれど、十分楽しませてもらいました。落語は、表情、仕草などとともに、言葉のおもしろさがメイン。だからこそ、なかなか海外での公演は難しいのでしょう。それでも、「座ったままで演じる」ことや小道具の説明からはいり、日本人の英語下手を逆手にとったり、日本語の単語を英語の中でうまく使ったり、よく笑わせてもらいました。

笑いのツボ、というのは国、人種、文化などにより少し異なると思います。
例えば、Mr Beanの映画を見たとき、英語の理解という以前に、日本人の私たちにはあまりおかしいと思われないシーンで、英国人たちは大笑い。なぜこのシーンで笑うのだろうと首をかしげたことがあります。日本でも話題になった男性だけのバレエ。これをロンドンで観たとき、フットボールスタジアムと間違えているのではと思ってしまうマッチョなお兄様方、ぴったりの黒の革パンツをはきこなすなどおしゃれな男性たちは、ごく普通のおばさまたちや私たちとは明らかに違うところで妙に受けていました。ジョークには多分にブラックな部分があり、辛辣すぎたり、背景事情や基礎的な知識を知らず、笑えない時もあります。もちろん、バナナの皮ですってんころり、というのを見れば、痛そうと思いながらも思わず笑ってしまう、そんな共通な笑いもあります。

一緒になっておなかを抱えて笑えるというのは気持ちのよいものです。
日本人のイメージは、マジメで働き蜂、ユーモアのセンスには欠けるというものが一般的ではないかと思いますが、こんなコミカルな文化もあるのだということを知ってもらえたこと、そして何よりも私自身再認識できたことは大きな収穫でした。

Tuesday, September 6

Handphone

先日、3G(第三世代)の携帯電話が発表されて以来、毎日、新聞に派手な記事や広告が載ります。
週末に行われた発表会ともいえる打ち上げ式も派手で、皇太子が主賓、アジア地域のMTVにでている有名な(らしい)タレントだかパーソナリティーだかが司会を務めたそうです。基本的に機械音痴なため、第三世代がどのぐらいすごいかということを実感できていませんが、FOMAなどと同じタイプがようやくここでも発売された、ということなのでしょう。

携帯好きはいずこも同じ、という感。
特に、この国では、本体価格も通話料金も高いのですが、やっぱりみんな持っています。たまに、日本並みにすごいビデオカメラ付、カラオケ機能付などというものもありますが、基本は通話とテキスト・メッセージ(SMS)のみ。操作もシンプルです。着メロなんて、あまり耳にしません。サウジアラビアだったか、コーランを着メロにすることを禁止したというニュースがありましたが、そもそもここではそんなサービスがあり、ダウンロードができるのかどうか。もともと入っている着信音のどれかを使っている気がします。通話料金が高いというのはどこでも共通ですが、そうなると、主流はテキストになります。日本はメールですが、GSMのシステムだと、ヨーロッパを含めテキストタイプで共通なので、日本に遊びに行った当地在住英国人の友人にも、テキストが送れなかったと文句(?)をいわれました。メールが送れるほうがPCにも送付できて、むしろ便利という気はするのですが。 GSMは2Gだということなので、他の国と異なって不便ではあっても、第三世代と謳う前からメールもネットもできる日本の携帯は進んでいるということなのでしょうか。そもそも、漢字が使えるというところからしてすごいのでしょう。

ともかくも、私もテキストはかなり活用しています。仕事でも、メールの返事は来なくても、SMSの返事はほぼ確実に来ます。テキスト独特の省略英語にも次第に慣れてきました。例えば、「Tq. C u then.」 とあれば、「Thank you. See you then.」。時に、省略されすぎていて、どういう意味だろうと悩むこともいまだにありますが。

慣れないといえば、携帯電話をhandphoneと呼ぶこと。英国ではmobile phone、米国ではcellular phoneですが、このhandphoneという言葉は、マレー語から来ているようです。マレー語では、分解すれば「電話・手・手(スペルが定かではありませんが、telefon bin bin)」というような言葉で表現されるからです。手で持ち歩くというイメージからでしょう。シンガポールやマレーシアあたりでも、こう呼ばれているのでしょうか。

Monday, September 5

公務員

こちらの政府に勤める公務員の友人宅に招かれました。
長期出張にいく同僚の壮行会、という名で、つまり名目は何でもよいようでした。
いつものとおり迷子になり電話すること2回、たどり着いたおうちというのが、官舎扱い(借り上げというか、家賃のほとんどを政府が負担)なのですが、とにかく、広い!のです。

街の中心から少し走ったところで、川を眺められる丘の上に位置したビラのひとつ。2軒の家がつながっている外観で、まさかこれ?という感じでした。シングルの彼女はおそらく30歳代後半ぐらい。10人兄弟姉妹がいるという大家族だそうですが、海外在勤の際に一人暮らしに慣れてしまって、一人暮らしを選んだとのこと。気持ちは十分わかります。しかも、この家をわずかな自己負担で住めるというのであれば、当然でしょう。それにしても、広すぎて寂しいのではという気がするぐらいです。開放感あふれるテラスのあるリビングからは眺めもよく、どの部屋もゆったり作られています。

この国では4割が公務員といわれ、マレー系は待遇の良い公務員を目指します。マレー優遇政策をとっているので、中国系で公務員になれる人数はごくわずか。中国系の人たちは、民間部門、ビジネスや専門職に追いやられることになります。いずれにせよ、優秀でビジネスの才覚があるので、成功して十分豊かな生活をしている人たちが多いようですが、それにしても、この公務員厚遇には目を見張ります。

友人宅を早めに失礼して、夜は、別の友人たちと夕食。そのうちのひとりは、数少ない中国系公務員。弁護士だった彼は、今の待遇には満足しているけれど、仕事には不満、マレー優遇、年功序列社会で今後の昇進も見込めないので、また民間に戻ろうと思っているといっていました。中国系も少しずつは増えているとはいうものの、まだまだ壁は厚いようです。

この国の人種分業制のような就業体制、今後変わっていくのでしょうか。
ただし、すごいところは、アマ(メイド)が一般的なせいか、女性の活躍ぶりです。女性パワーには圧倒されます。まだトップレベル、管理職レベルまではなかなか育っていない感じもあるので、女性大臣誕生、までにはもう少し時間がかかるのかもしれませんが。

Sunday, September 4

Ceilidh

実は、この国にもSt Andrews Society(スコットランド協会のようなもの)があることを知り、昨夜はそのイベントのCeilidhに初参加してきました。もちろん、スコットランド人でもなく、スコットランドには3週間ほど滞在した以外は少し旅行をしただけという縁の薄さですが、特に資格もなく誰でもwelcome!という会だと聞いて、友人を誘っていってみました。

あまり知り合いもいない、と思っていたのですが、とにかく小さな国、コミュニティーも小さいです。どこに行っても誰かに会います。ましてや、数少ない西洋的、音楽、ダンスという共通項があるイベント、やはりパラパラと顔見知りがいました。

一応、ウィスキーなどのバーも設けてはいましたが、基本は、BYOB(飲み物持ち込み)。スコットランド風というよりはヨークシャープディングなどがあって、むしろイングランド風のビュッフェの食事のあと、バンコクから招待したというバンドの生演奏とお待ちかねのCeilidh(スコットランドのフォークダンス。「タイタニック」の映画で下級クラスの乗客たちが踊っていたダンスのイメージ。)です。もちろん、キルトを着て参加しているスコットランド人メンバーもいるのですが、イングランド、オーストラリア、ニュージーランドなどの人の方が多い感じでした。イングランドを含めて英国人はCeilidhを知っていても、豪州になると、ここにきて初めて知ったという人も多いようです。年齢層は若干高め、ちょっとお年に見えるおじいさまも参加。かなり激しく動き回るので、心配になってしまいましたが、問題なくニコニコと楽しかったね、とおっしゃっていました。多少、テンポが遅れたり、ステップを間違えたりは、ご愛敬です。

バンドの構成もおもしろく、リーダー格のオーストラリア人のギタリスト、アイルランド人のアイリッシュ・バグパイパー、そして、もう一人は日本人のバイオリニスト。最後に少しだけ話す機会がありましたが、「初めて来ましたが(普通、そうだと思います・・・)、いいところですね!」といわれて、一瞬、日本人の友人と顔を見合わせて、「・・・。そうですね、たまにリゾートとして来るのであれば・・・」。

盛り上がった会も夜中近くには人がまばらとなりました。ちょうどスコールも止み、いい運動で汗もかき、疲れたところで帰路に着きました。スコットランドのバグパイプがなくて、ちょっと残念でしたが、音楽も雰囲気もよい楽しい集まりでした。

Saturday, September 3

浴衣

最近、ちょっとフォーマルな場に浴衣を着ていっています。
昨日も、夜は浴衣を着てレセプションに出席しました。

浴衣は本来フォーマルではありませんが、この国でのドレスコードであれば、許されるかしらという感じです。だいたい、スマートカジュアルなる不思議なドレスコードでは、男性はバティックシャツです。沖縄でもアロハが正装、日本だってクールビズ、浴衣は一応「National Dress」だし、こんな暑い国では浴衣だってセミフォーマルぐらいの扱いでは、というよくわからない理屈付けで着てしまっています。幸い、そんな略式のものを着てくるなんて、と目くじらを立てるような人もいませんし。

まあ、これが、また受けるのです。着て来て欲しいというリクエストも結構あります。アジア各国のNational Dressは相当華やかです。バジュクロン(マレーのだぼっとしたお洋服)はともかくとして、フィリピンのオーガンジー素材のバタフライスリーブのドレス、インドネシアの地方ごとにかなりバラエティに富んだドレス、ベトナムのアオザイ、インドのサリー、タイやラオスのシルクのロングスカートなどなど。お国柄、特にフォーマルな場では、体の線がでるものやノースリーブ、胸のあいたドレスはNGですが(特に自分が居心地が悪いです)、その分、ビビッドな色が余計に目につきます。その中で、浴衣程度では、と思うのですが、帯のせいか、他に誰も着ている人がいないせいか、とにかく注目を浴びます。

女性はやはりドレスには関心があるもの。まず聞かれるのは、いくらぐらいするのか。この国の人は、よく値段を聞きます・・・。もちろん、どのようにして着るのか、ひとりで着られるのかなど。そして、これは、あまり想像していなかったのですが、どうやって作るのか、どれぐらいの布地が必要か。オーダーメードが一般的で、自分でお裁縫をする人も多いので、こういう質問がでてくるのでしょう。残念ながらお裁縫の苦手な私は、浴衣を作ったことがないので、作り方の説明はとてもできませんが。

ちょっとしたフォーマルな場に浴衣を着ていくもう一つのメリットは、暖かいこと。手も足も剥き出しになっていないのは、イスラム的に○であるばかりでなく、クーラー対策にもばっちりです。浴衣は涼しげ、といっても、やっぱりノースリーブのワンピースを着るより、よっぽど暑いですから。

ひとつの問題は、運転が大変なことです。あとは、アイロンかけ。これが楽だと、もっと頻繁に着ていってもいいのですが。とりあえず、今は2枚しか持ってきていませんが、日本からもう少し浴衣か洗える着物でも持って帰ってくるか、迷うところです。

Thursday, September 1

在外選挙

今日は、モハメッド昇天祭で祝日。週の中頃にお休みがあるのはいいものです。
あまりやることがないこの国よりも、日本にいたときのほうが切実に感じましたが。

昨日から在外選挙が始まりました。
海外在住の場合、比例代表のみなので、政党にしか投票できません。
自分の最後に居住していた地域の選挙管理委員会に所属することになるので、小選挙区のほうにも投票は可能だとは思うのですが。まだ在外選挙そのものが開始されたばかりなので、事務的に大変、とかそういう理由なのでしょうか。

ともかく、投票はすませました。普通よりも、ちょっと面倒です。まずは、登録証と身分証(パスポートなど)を持参して、受付をします。最初に渡された封筒と用紙に必要事項を記入したあと、それと引き替えに、投票用紙とまた封筒を2枚もらいます。無記名の投票用紙そのものをいれる封筒を含めて、封筒は計3枚になり、封印を2回まで自分でします。権利を行使できるというのはすばらしいことですし、当然といえば当然なのですが、在外選挙を実施するために、かなりの経費がかかることを考えると、義務としてきちんと投票すべきだなとも思いました。

日本にいると、選挙といっても、ついつい、貴重なお休みだからと遊びに行ってしまったり、雨が降ってきたからでかけるのがイヤだなと思ってしまったりしますが、今回は結構注目を集めている選挙、9月11日の投票率はどの程度になるのでしょうか。

Wednesday, August 31

中国雑伎団

昨夜は中国雑伎団を見に行きました。
文化行事がものすごく限られているこの国、昨日の公演は1日のみということもあって、結構な入りでした。

あの体の柔らかさ、筋肉には本当に恐れ入ります。バスケの試合と同じスタジアムを使うので、ちょっと会場が広すぎたり、音楽が途中で切れたり、ショーの構成がこなれていなかったりはしましたが、年に数えるほどしかない公演ものなので、文句はいえません。とにかく、あるもので楽しまなければ、です。

この国独特なのは、どんなものにも必ず「主賓(Guest of Honour)」がいること。文化行事、セミナー、レセプション、国際会議、要は何でもです。ヨーロッパでオペラやコンサートが「Royal Gala」などとなっていると王室の出席があったりしますし、日本でも大きな行事の開会式に皇室の出席があったりはもちろんします。ここでは、すべての行事に主賓がいるので、内容によってレベルが決まってきます。たいていが王室関係者か大臣。そしておもしろいのが、イス。席はものすごく重要なのです。VIP席というのは必ずあって、それは場所が区切られていたり、特別だったりするだけではなく、イスの種類が違うのです。テーブルがある場合には、VIP用だけテーブルクロスが違ったり、花が飾られたり。イスも王室のときは、金ぴかの豪華なもの、大臣ぐらいだと、普通とは違う立派なもの、それ以下だと、ちょっと他のイスよりもよいもの。下々のものとは区別する、という意識がものすごい強いようです。今でも貴族がいて、階級社会が根付いている英国人の友人ですら、この主賓制度にはびっくりのようでした。

また、主賓は必ず15分から30分遅れた時間に到着するように設定されています。開始時間が19:30とあったら、主賓到着は20:00。時には、レベルにあわせて、異なる開始時間が記載された複数の招待状が用意されます。

昨夜は、大臣が主賓でしたが、15分遅れぐらいで始まったのでよいほうでした。VIP席は、派手な黄色い布で飾られて、イスももちろん、スタジアムの作りつけプラスチックイスよりも柔らかくてきちんとしたものが並べられていました。大臣を撮るために集まった(もちろん、中国雑伎団のショーそのものも撮影はしていましたが)プレスの数の多さもいつもどおりです。

日本のアミノ酸ドリンクのCMを思い起こさせる、人間業とは思えない中国雑伎団の演技を見ながら、だんだんなじんできた、この国の独特な習慣のひとつについて考えてしまいました。

Tuesday, August 30

La la la♪

昨夜は久々のコーラスの練習。

ここで音楽を教えている先生が指揮をとって、英、オーストラリア、ニュージーランドなどからの英語の先生たちなど、音楽好きを中心としたコーラス・クラブがあることを知ったのは3月頃。4月からソプラノパートにいれてもらいました。まだ新入りメンバーです。

7月にコンサートがあったのですが、そのあたり1ヶ月、出張と帰国で不在でした。そのため、一応は練習したもののステージには立てませんでした。コンサート後1ヶ月あまりのブレーク(いつも暑いので「夏休み」とはいえないのでしょう)があり、先週から練習再開でした。

前回のコンサート用には、バッハから、ジャズ系の曲、オペラ座の怪人まで、バラエティーに富んだ選曲でかなりの数を練習しました。次回のコンサートはたぶん11月、ということですべて新しい曲。いきなりの曲は、フランス語。そういえば、前回は、ドイツ語もあって苦戦しました。知らない曲の音符を追いつつ、フランス語の歌詞で歌うというのはかなり厳しいです。次の曲は、バッハだったのですが、珍しく、全部「La la la」。これは楽でよかったです。昨日は5曲、コーヒーブレークを挟んで2時間練習しました。

この国では残念ながら、ポップス以外の音楽に対する関心がかなり低いのです。特にクラシックに至っては、CDすらほとんど売っていない状況。これは、イスラム化の一環で、西欧文化であるとして音楽教育も学校のカリキュラムから外されてしまったことも影響しているのでしょう。インターナショナル・スクールやわずか二つ程度の音楽教室以外では、子どもたちがいわゆる「クラシック」音楽に触れる機会はほとんどないようです。かといって、民族音楽がそんなに盛んという印象もありません。楽器屋さんも少なく、コーラスを始めた頃、キーボードを入手するためあちこち探し回ってしまいました。

自分たちの好みの音楽がないのであれば、自分たちでやるしかない、という感じで、ヨーロッパ系の人たちを中心に、コーラス・グループがあったり、バンドがあったりするようです。歌うのは、気持ちがよく、ストレス解消にもなります。時々、歌詞を「La la la」でごまかしつつも、楽しく参加しています。

Monday, August 29

17歳の王女様

国王の話に引き続き、王族話題。
昨日、仕事の関係で、ナマ王女様と握手。
ちょうど近くを通られて、流れであちらが手を出されたので握手しました。

よく考えてみたら、少し前までは普通の高校生だった彼女。
とてもそうとは思えない、しっかりとした落ち着きがあり、スピーチも堂々としていました。
さすが、スイス人のお母様を持つだけあって、背も高くすらっとしていて、きれいな顔立ち。
これで、少しは、この王室の濃すぎる血が活性化されればよいのですが。

王室は、どこでも、近親での婚姻が多く、血が濃くなりすぎて、問題になりがちです。
先日も、確か、国王の弟にあたる王子の息子と国王の妹にあたる王女の娘の結婚がありました。
日本でも許されますがいとこ同士です。ほかにも、国王の娘と国王の弟の息子の結婚話がでたり、子供の数が多い分、いろいろあります。いとこといっても、親同士が両方兄弟姉妹だったりする場合もあるらしく、さすがにこれは問題視されることもあるようです。

こちらに来てから、前第二王妃とばったり会ったり、ダンスの発表会に、その娘にあたる王女が来ていたり(でも、その日は知りませんでした)、多少は王族を見かけることはあります。でも、まだ、王宮には入ったことはありません。王宮が一般に公開されるのは、ラマダン明けのお祭り、ハリラヤ中の3日間のみ。この期間は、イスラム教徒でなくても、旅行者でも誰でも、とにかく並びさえすれば最後は王族と握手できるそうです。1日、何百人もの人と握手し続けるのですから、相当な苦行でしょう。昨年は、17歳の王女様人気で、女性の列が長かったそうです。そう、イスラムですから、男性は男性、女性は女性としか握手できません。私も国王と握手はできませんが、17歳の王女様との握手を楽しみに並ぶことは女性にしかできないのです。

今年のハリラヤには、17歳の王女様ともう一度握手するために長蛇の列に並んでみようかなと思っています。そのときにも、おそらく、国王の26歳の第二夫人は現れないのではないでしょうか。

Sunday, August 28

嵐のような週末

今週末は週末だというのに、土曜日、日曜日ともに仕事の関係で6時起き。
6時はまだ暗くて、余計に朝早いという感覚になります。
あちこち動き回ってさすがに疲れました。

重なるときは重なるもので、特に昨日は大変でした。
その中で唯一、完全にプライベートで楽しかったのは、英国人の友人のLeaving Party。
20時スタートといわれて21時半近くにようやく行けたのですが、まだ、ドリンク(もちろん、お酒です)。
着いてしばらくしてから、非常にタイミング良くディナー開始でした。フィリピン人の奥さんはとてもお料理上手なのですが、さすがに人数が多いので、ホテルのケータリングを頼んでいました。プール付き1軒家のテラス部分には、白いテーブルクロスにワイングラスやカトラリーがきれいにセットされた大きな丸テーブルが3つほど並べられていました。お料理はビュッフェですが、ホテルのウェイターが飲み物はサーブしてくれる、というなかなか本格的なパーティーでした。残念ながら、夜から降り出した雨は雨足を強くするばかりで、お庭やプールをブラブラすることはできませんでしたが、長い1日の最後、リフレッシュすることができました。

今日の仕事はお昼までに終わったので、全く興味はなかったのですが、周囲の熱狂ぶりに影響され、Finalということでバスケットボールの応援へ。韓国との3位争いです。結果は、残念ながら韓国に破れましたが、かなり盛り上がりました。そもそも、スポーツ観戦そのものにあまり興味がないのですが、外国にいると、たいてい愛国心が強くなるもので、応援には力がはいります。それに、バスケはルールもわかりやすく、スピード感もあって楽しめました。同僚たちの席に合流して、日の丸を振りながら観戦。でも、一番すごかったのは隣に座った中国系の女の子。日本チームの選手の一人の大ファンになったという彼女。「ジャパン、ガンバレー」「○○(お気に入りの選手の名前)~」「コッチー」「イケー」、と覚え立ての日本語を連発。その黄色い声援は、日本人の応援レベルを遙かに超えていました。

ちなみに、優勝争いは、2チーム出場していたフィリピン・チーム同士。フィリピン人の友人たちには一緒に観戦しようと誘ってもらったのですが、さすがに疲れて帰ってきてしまいました。

それにしても、感心したのは、彼女の積極的なこと。いつどうやって聞いたのか、25歳独身の彼女は、お気に入り選手は若くて年は釣り合うのに、もう結婚している、と嘆いていました。言葉があまり通じないのだから、こういうことは早くどんどん進めなきゃ、といっていたのが笑えました。

ようやく一息つけたなどと思っているのではなく、日本の試合は全部観戦した(きっと、今日と同じテンションで・・・)という彼女のパワーを見習うべきなのかもしれません。
そういいながらも、嵐の去ったあと、今日はやはり早寝してしまいそうです。

Friday, August 26

否定それとも肯定?

昨日の新聞記事はこの国らしいというか。

先日の国王の第二王妃との結婚について、いつになったら発表があるのだろうかと思っていたら、昨日の新聞にようやく記事が。といっても、タイトルは、「マレーシアの新聞記事を否定」。ということは、やっぱり結婚していなかった? と思ってしまうのですが、最後までよくよく読むと、一番最後の半分マレー語混じりの秘書官コメント部分に、「prenikahan」を執り行ったことは確認する、とあります。実は、これが、イスラム教の結婚の儀式なのだそうです。わかりやすいたとえだと、キリスト教式で神父様の前で「あなたをこの○○を妻としますか」というあの夫婦の誓い。さすがイスラム教、宗教者はまずは男性のところにいき、次に女性のところにいき、と男女それぞれが別々に誓うのだそうです。これは宗教上正式な手続きなので、これが終われば二人は晴れて結婚したということになるのだということです。マレーシアの新聞が、来月、王宮で結婚式が行われる予定、と報じたことを否定した記事だったのです。まだ、称号なども決まっていない段階で、本来は、新聞で発表はしたくないけれど、マレーシアの新聞記事をこのまま放っておくわけにもいかない、というところでしょうか。このわかりにくい記事、英国人の友人たちも、あれ、結婚を認めたということだったの?といっていました。

やはり第二王妃は第二夫人。イスラムの世界でも、すべての妻を平等に扱うことが定められているとはいえ、一番目とそれ以降の差は大きいようです。モハメッドが4人までの妻帯を認めたのは、まさに未亡人の生活の保障、救済、という意味があったからだそうなので、現在の社会福祉制度、特に今のリッチなこの国には当てはまらないということなのでしょう。結局、第二夫人以下は日陰の存在、お妾さんに近い扱いで、隠されていることが多いようです。

ビル・ゲイツの前には、世界で一番の資産家、とフォーチュン誌で紹介された国王。部屋数は1700を超える世界最大の私邸といわれる王宮に500台の車を所有。それだけを考えれば、二番目でも三番目でもいい、といえばいいのかもしれません。

Wednesday, August 24

アフター4.30

この国の主要娯楽は映画。
それなのに、まだ、1回しか行っていないといったら、早速マレー系の友人からお誘いがあり、昨日は映画に行ってきました。

実は、マレー系の人たちの中に一人混じって遊びに行くのは初めて。マレー系の人たちのほとんどが公務員で、仕事は午後4時半が定時です。残業することはあまりないので、「アフター4.30」を謳歌できるわけです。といっても、そんなにバラエティに富んだ過ごし方ができるわけではありません。大家族で、結婚するまで一人暮らしをする人もとても少ないため、たいていは家族と過ごしているという印象です。それでも、シングルの彼女たちの「アフター4.30」の王道は、やはり、映画と食事、のようです。

映画館は寒いというのは常識なので、ジャケットにパシュミナ持参。大正解でした。
主要娯楽といいつつ、格安DVDが出回るほうが早いので、人気作品でも封切りになってしばらくするとすぐにがらがら。次の映画に変わってしまいます。Charlie's Chocolate Factoryを観たのですが、市内から離れたほうにいったせいもあり、私たちを含めて3,4組のグループのみ。ドラマなどで、「映画館貸し切りデート」という設定がありますが、この国ではかなり簡単にできてしまいそうです。映画の中身としては、ディズニーランドチックなセットで笑えるシーンが多く、ストーリーは単純明快、仕事のあとに頭を使わず観て楽しめる映画でした。

映画はCMがなく、予告編をひとつぐらいやってからすぐに始まります。それでも終われば結構遅いのですが、それから彼女たち行きつけのニョニャ料理へ。ニョニャは、マレーと中華のミックスです。フィリピン人バンドがいるお店で、その日はお誕生日が多かったのか、キャンドルをともしたデザートのお皿が運ばれたテーブルに行っては、バースデーソングを歌っていました。遅くから行ったので、その日最後のお客さんになった私たち。彼女たちが常連ということもあり、なぜか、フィリピン人バンドの伴奏で歌うことに。実は、中国系に劣らず、マレー系の人たちもかなりカラオケ好きです。カラオケならばまだよかったのですが、ライブ・バンドの彼らが自分たち用に持っている手書きの歌詞を見ながら歌うのは相当大変でした。日本語の歌を、といわれて、彼らのレパートリーにあったおそらく唯一の日本人女性歌手の歌は、宇多田ヒカルのFirst Love。聞いたままをアルファベットで書いてあるので、歌詞をみても???という感じでした。

海外での生活経験がある若い世代ほど、ここでの生活は刺激が足りない、文化的なものが足りないと、私を含めた外国人と同じことを感じるようです。それでも、立派な家、アマ(メイド)がいる生活、保証された仕事、その仕事は早くに終わり、そのあと映画や食事、スポーツや習い事(数は限られますが)をして、頻繁に海外ショッピング、逃避旅行に出かけられる彼女たちの生活には、余裕があります。

アフター4.30をどう過ごすかとは、贅沢な悩みではあるのかもしれません。

Tuesday, August 23

Party party

国王結婚については公式発表がないので、この国の新聞には、「結婚した」という程度の記事さえありません。一応、結婚の事実は政府も認めているのですが。国民の反応としても、歓迎ムードではないようです。どうも、こちらのほうはパーティーモードになりそうもありませんが、先週末は本当にパーティー続きでした。

金曜日のお呼ばれ、土曜日の打ち上げ兼バースデーパーティーに引き続き、日曜日はふたつ。

ランチは同じアパート内の日本人の方のところで。中国系で日本語ぺらぺらの友人が、フィッシュマーケットで買ってきてくれたというカニ、エビなどをゆでたり蒸したりしたものを豪快にいただきました。ものすごく小さな小エビ(桜エビのような感じ)のお好み焼き風という創作料理は、シンプルなのですが、なかなかおいしかったです。この小エビ、1キロで3ドル(約200円)という激安だったそうです。

いつも、おいしいお店や食材の買い方、お料理方法など、新たな知識を得ることが多いのですが、この日最もおもしろかったのは、「悪魔払い」の話。ここ1ヶ月ほど、こちらの学校で女子生徒が突然ヒステリー症状を起こすという事件が相次いでいます。原因は不明で、ストレスではないかなどといわれていますが、同世代の女の子のみが倒れているので、思春期特有の伝染性の何か精神的なものなのでしょう。先日、同僚の歓迎会が終わって、アパートに帰る途中、すぐ近くの女子校の前がやけに混んでいました。学校のお見送り、お迎え時間にはよくある光景ですが、夜の9時。そんな時間ではありません。駐車した車からうろうろでている人も大勢いて、なんだろう、何か学校で行事でもやっているのだろうかと思っていました。そうです、まさに、このとき「悪魔払い」が行われていたのです。この女子校、最初にヒステリー事件が起きて、その後連続して何人も倒れたところでした。ヤジウマたちは、払われた悪魔を見るために集まっていたそうです。でも、結局悪魔は見えなかったとのこと。悪魔払い師はわざわざインドネシアから呼ばれてきたそうですが、払えなかったということは、またやるということなのでしょう。いったい、払われた悪魔というのはどういうものなのでしょうか・・・。中国系友人のさらに友人いわく、この国には、今の時期(Hungry goastの季節)、15万の亡霊が飛び交っているそうです。15万といえば人口の約半分。すごい数です。それにしても、彼女もなぜ15万という中途半端な数字がでてくるのか、どうやって数えたのか(笑)、と首をかしげていました。ちなみに、Hungry goastというのは、日本のお盆のようなものかと思っていましたが、日本人の方に、仏教の「お施餓鬼」だと教えていただきました。調べてみたら、日本ではお盆と一緒になっていることが多いようですが、「餓鬼の世界におちて飢餓に苦しむ亡者に食物を供えて弔う法会」なのだそうです。いずれにせよ、怖いものは苦手なので、15万もの亡霊が飛び交っている様子も、悪魔払いされた悪魔も、見たくありませんが。

その後、夜は、また、別の中国系友人のバースデーパーティー。前日に急に誘われて、どこでやるのかも知らず、とにかく車に乗って、連れて行かれたのはかなり市内から離れたところのホテルのボールルーム。貸し切りでカラオケをしたり、踊ったりしていました。まるで結婚式のように夫婦でケーキカット。あつあつぶりを見せつけられて、昼間の悪魔の話はこのパーティーですっかり忘れ去られ、しっかり眠ることができました。

娯楽の少ないこの国では、パーティーをするか、呼ばれるかしないとやることがないので、とにかくみんな頻繁にパーティーをします。到着してしばらく、こうした仲間にいれてもらえるようになるまでは、本当にみんな何をして過ごしているのだろう・・・と思ったものでした。

Monday, August 22

今度は26歳!

週末はパーティー続きだったので、その話題をと思っていたのですが、それは明日以降に書こうと思います。

今朝の話題はなんといっても、国王の結婚!
まったくびっくりです。

日本でも夏枯れの今の時期、格好のワイドショーネタになりそうですが、2回目の第二王妃との結婚。
お相手は、マレーシア人の元ニュースキャスター、26歳。33歳の年の差で、国王にとっては息子(皇太子)より若い奥さんを迎えたことになります。ものすごく内密に、国王のマレーシアにある私邸で、家族、親族、ごく少数の友人、という限られた人だけを招待して昨日結婚式が執り行われたそうです。いまだ、政府としての公式発表はありません。王室からの発表を待って、国としてどのような対応するかを検討した上で正式に発表する、ということで、どの程度のお祭り騒ぎになるのか、ひっそりとしたままなのか、今はわかりません。

前第二王妃は元スチュワーデス、スコットランド人と日本人の血を引き、国王との間に4人子供がいますが、これで国王との距離も広がるのでしょう。

それにしても、33歳の年の差。
でも、私を含めて、国王と皇太子、どちらを選ぶかと聞かれたら、圧倒的に国王。国王は、男前で年より若々しく見え、今の地位に加えて、頭も良く、評判もよいのです。それに引き替え、ちょっと頼りなさそうな感じの皇太子。元ニュースキャスターの彼女の選択は間違っていないような気もします。
彼女がマレーシアのテレビ局を一身上の都合ということで退職して以来、どうも噂はあったようです。

まだ、第三、第四王妃の座は空いていますが、今後、どうなるのでしょうか。
次は、やっぱり息子に対抗して17歳、かもしれません。

Sunday, August 21

ドリアン・ケーキ

今週末はお呼ばれ続き。
昨日は、先週のダンスの発表会の打ち上げ兼インストラクターのお誕生日ということで、スタジオの経営者のおうちでパーティーがありました。

イスラムでは犬も禁忌。このお宅は、この国のビジネス界では有名な中国系一族なのですが、なんと犬が5匹も。放し飼いなので、ゲートから入ってきた車に一斉に向かってきました。犬をよけつつなんとか駐車。車から降りたものの、周りに犬たちが群がってきました。そのうち一番大きな犬が吠え立てるので、動けない状態。しっぽを振っているので敵意はないとはわかるのですが。玄関から笑いながら助けに来てくれるまでそのままでした。後ろに続いていた車から降りてきたムスリムの友人は私どころの騒ぎではなく、犬が耐えられない様子。ちなみに、彼女は、アルコールは酔っぱらわなければ飲んでよい、ということで、この日もワインを飲んでいましたが、犬は全く受け付けないようでした。

ケータリングで準備された典型的な中華・マレー的なお料理を食べたり、一部の人たちはカラオケをしたり(カラオケボックスは存在しませんが、好きな人は自分のうちでカラオケをしているようで、実は結構マイ・カラオケ用VCD・DVDを持っている人が多いです)、発表会のビデオを見たりして過ごしているうちにお決まりのキャンドルをともしたケーキの登場。2つあって、よく見るとひとつはドリアン型! 本物のドリアンに似せた形で、とげとげした皮に包まれたドリアンの上部を割ってねっとりした中身が見える状態のように仕上げてあります。以前、中国正月のパーティーで、適当にワインも飲んでいい気分のときに、ケーキが来たからとお皿を渡されて、その色からチーズケーキと思い込んで口にしたときの苦い思い出がよみがえりました。においの強烈さから手を出したことがなかったドリアン。チーズ好きなら大丈夫のはず、といわれていたのですが、違いました。少なくとも、そのケーキについては、飲み込むことができず、その後もしばらくチョコレートなどを食べ続けてしまいました。今回は、みんなの勧めを何度も断り、やめておきました。もしかしたら今回はおいしいかもしれない、という気はしたのですが、横にあったチョコレートケーキのほうが安全でした。それに、ドリアンとアルコールの食べ合わせは悪いという話も聞いたことがあります。すでにワインを飲んでいたので、これがチーズケーキだったらよかったのに、とチーズケーキ好きの私は思ってしまいました。

日本で納豆、クサヤを食べられるかどうか聞くのと同じような感覚で、ドリアンについて聞かれます。そのたびに、少なくともケーキは苦手だと思った、ただ、機会がなくてまだフレッシュなものは試していないと答えています。ドリアンの食感はチーズや濃厚なクリームに近いそうです。チーズ好きなので、青カビでもウォッシュでも平気ですが、初めてのドリアン・ケーキでの失敗があるので、なかなか勇気がでません。ドリアンも種類がいろいろあり、色の濃いオレンジのものは味が濃厚だとか、タイのものがいちばんおいしいそうで、しかもよいものを選んで食べないと、二度と食べたくないと思うのだそうです。どろっとした腐り加減(?)と水分量が味を左右するらしいです。

スーパーに行くたびに、ドリアンのにおいが鼻につきます。ドリアンはどこのスーパーでも入り口付近に置いてあります。ケーキさえ二度目は手が出せなかったので、当分、これを自分で買うことはないと思います。いつか、ドリアン選びのエキスパートが選んだ自信のドリアン、あなたもこれを食べればドリアン好きになる、というドリアンに巡り会える機会があったら、勇気を出して試してみようかと思います。

Saturday, August 20

Tessy

昨夜は同じアパート内に住む英国人の友人宅へ。ディナーのご招待。
上下移動だけなので、鍵と携帯、ワインのボトルだけを持って、お邪魔しました。
ドアが開いて、最初に目に入ってきたのは、すでに来ていたお客様の横にぴったり寄り添って座っている黒猫、Tessy。猫を飼っていることを知らなかったので、びっくりしました。前任者から引き継いだということで、もう大人の猫です。とても人なつこくて、ソファーに座っていると足に体をすり寄せてきました。ちょっと太めですが、毛並みもつやつやしていて、顔はなかなかの美猫。デジカメがなくて、写真を載せられないのが残念です。

「パーティー」や「ドリンク」ではなく、「ディナー」ということで、結構本格的でした。招待されていた友人の大半が英国人だったこともあり、典型的な英国料理。みんなはクリスマスみたい、といっていましたが、まさにクリスマスか日曜日の礼拝のあとに家族で食べるサンデーローストという感じでした。ローストチキンに、ローストポテト、ニューポテト、スチームしたブロッコリー、ニンジン、アスパラガス。これが大皿でどさっと。ヨーク出身の人がいて、これで足りないのは、ヨークシャープディングだけね、とコメントしていました。さすがに、ワインもかなり空きました。お料理はおいしかったですが、和食の手間や繊細な味付けを考えると、やっぱり英国料理です。味付けはシンプル。グレービーソースをかけるか、自分で塩・こしょうするかですから。それにしても関心したのは、一人暮らしなのに、ワイングラスやカトラリーをかなりきちんと持ってきていること。同じ建物内ですが、家具なしで家賃をだいぶ下げてもらったということで、全く同じ間取りなのにインテリアにも凝っていて、雰囲気も全然違いました。仮住まいだから何も買いたくない、すべて家具付き、あるもので我慢する、という生活をしているので、ちょっとうらやましい気分になるとともに、もう少し「自分のお城」への思い入れを持つべきかな、と反省もしました。

Tessyは、白やナチュラルカラーを基本にしたお部屋をゆったりと歩き回り、ご主人のひざの上のクッションに寝ころんだり。しっかり自分の存在を主張しつつ、インテリアの一部のようにお部屋にしっくりなじんでいました。

Friday, August 19

ハラル

昨日は新しい同僚を迎えての歓迎会がありました。
いつも使うお店はお酒の持ち込みができるノンハラル中華料理店の個室。
冬瓜ととろとろ角煮のスープ、厚揚げ風お豆腐のあんかけ、エビすり身のチキンぱりぱり皮ばさみ、フレークとスパイスの山に埋もれたエビの揚げ物など、勝手に命名していますが、かなり独創的な珍しいお料理が多く、どれもお味は結構よいです。ノンハラルですから、豚肉もあり、調味料も自由に使われているのでしっかりとした味付けです。

ハラルのレストランとノンハラルのレストラン、どちらに軍配があがるかといえば、圧倒的にノンハラルです。

ハラルとはイスラムの教えに則った食べ物のことですが、一般的に知られているように、イスラムの禁忌である豚肉を避けるだけではありません。豚以外のお肉であれば、鶏、牛、鹿、鴨、山羊、羊などは基本的によいのですが、イスラムの作法に従って屠殺していなければなりません。動物を横たえ、あるいは手に持って、鋭いナイフで血管等を切り、頭を切り離さないで、お祈りを唱えてお肉にしなければならないのです。この作法で屠殺していなければ、ノンハラル・ミートになってしまいます。また、前に触れたとおり、アルコールが含まれる調味料やラードなどの獣脂を使った食品もダメです。洋酒を使っているクッキーやチョコレートはもちろん、日本製のカレーのルーなども禁忌にあたります。以前、味の素がハラルかどうかでインドネシアで騒ぎになったこともありました。どこまで厳格に判断するかは、かなり個人差があるようですが、この国では比較的厳格な人が多いようです。制約の多い中で作るお料理にはやっぱり限界があります。中華やフレンチが発達したのも、中国人やフランス人にはおいしいものへの追求心が高く、その食への貪欲さからあらゆるものを口にしたからです。あらゆる可能性を探求したお料理なので、世界の三大食文化(三つ目についてはトルコ料理という説が一般的かもしれませんが、若干議論もありますので)といわれるほどになったのではないでしょうか。

この国のハラルのレストランは、どこもそれなりの水準は維持しています。他に楽しみも少なく、食べることは大好きな人たちですので、食に無関心ではないのです。お魚はハラルなので、お魚を多く使った日本食はかなり受け入れられています。でも、やはり、何にでも油たっぷり、チリどっさりでは、繊細な舌は養われないと思います。中華料理が多いせいか、一般的に日本人の嗜好にあうといわれるこの国ですが、洋食好きの私としては、ときどき、この国には一軒も存在しないフレンチやまともなイタリアンで、ワインを飲みながらおいしいものを食べたい、と思ってしまいます。

Thursday, August 18

あさきゆめみし

先日、日本の新聞に源氏物語の展示か何かの宣伝がありました。
源氏物語、古典の授業ではおなじみです。さすがに原書ですべて読むのはつらいので、最初は漫画の「あさきゆめみし」で入り、うちで埃をかぶっていた谷崎潤一郎訳をがんばり、あとは、田辺聖子訳なども読んだ記憶があります。きらびやかで雅な、でも、複雑な男女関係とどろどろした感情も入り交じる一夫多妻の貴族たちの世界。自分が大勢の相手のうちのひとりで、通ってくる夫を待つなんて、今の独立心旺盛で積極的な日本人女性には耐えられないとは思いますが。

イスラム教といえば、4人まで妻を持つことができます。
でも、身近で複数の奥さんがいるという話は聞きません。
先日、ムスリムの友人と話をしていたら、やはり実際に複数の女性と結婚している男性は少ないようです。王族ですら、現在複数の奥さんがいるというケースはありません。現国王には、最近まで第二夫人がいましたが、離婚してしまいました。ちなみに、元第二夫人には、日本人の血が1/4はいっているそうです。

前に、仕事で関わったイスラム教徒のアフリカ系の人は、奥さんが二人いるといっていました。コーランの教えでは、すべての妻を平等に扱わなければならないということで、家は2軒、お土産やプレゼントも倍、休暇旅行も2回、という具合にとにかくお金はかかるし、気も遣って大変だと嘆いていました。嘆くぐらいならば、ひとりにすれば、という気もしたのですが、そもそも、この一夫多妻の制度というのは、男性の数が女性よりも少ない中で子孫の数を確保するとか、女性の生活の安定を確保するとか、そういう発想から生まれてきていると聞いたことがあります。つまり、結婚したからには責任を持つというのは当然なのでしょう。要は、甲斐性のある男性しか、複数の奥さんを持つことはできないわけです。光源氏も関係を持った女性の面倒は最後までみていたので、寂しい思いや嫉妬に狂わせることはあっても、甲斐性はあって責任は果たしていたといえるのでしょう。

いずれにせよ、もしかしたら世の男性が「あさきゆめ」見てしまうようなハーレムや、愛人が何人もいるというシチュエーションとは、イスラム教の教えに則った4人までの奥さんというのは相当違う感じです。


そういえば、これも仕事で関係のあったアフリカにある小さな国の王様は、イスラムとは宗教的に全く関係ありませんが、絶対的権力を持つ王様は多妻主義。すでに11人のお妃がいて、今年になってさらにひとり新しい妻を迎えたそうです。それが確か17歳か18歳の高校生。どこかで聞いたと思ったらこの国の皇太子妃は17歳の高校生。どこでも高校生は人気、なのでしょうか。こちらのほうが、男性陣の「あさきゆめみし」の世界なのかもしれません。

Wednesday, August 17

カフェ事情

お酒が出せないとなれば、ノンアルコールの飲み物が充実することになります。
バーはないものの、カフェは多いです。カフェはだいたい夜中までオープンしていて、ドリンクメニューのみでなくフードメニューも充実したところが多いです。むしろ、純粋にお茶をするだけ、というところが少ないのかもしれません。

昨日ランチにいったのは、英国風カフェ。ダークブラウンを基調にしたちょっと薄暗いこじんまりした店内は、インテリアも英国調で割とおしゃれにまとめています。本日のお勧めやハイティー・メニューが書かれたブラックボードが掲げられ、カウンターにはスコーンが並べられています。メニューはサンドイッチやフィッシュ&チップスから、ピザ、パスタ、サラダからメインのお肉やお魚までそろっています。このお店は珍しくアジア料理をおいていません。たいていのカフェ・レストランは、ハンバーガーやサンドイッチとともに、アジア料理メニューがあります。結局はそちらのほうがお手ごろ価格でおいしかったりもします。正直なところ、コスト・パフォーマンス的にはカフェ飯は今ひとつ、と思うのですが、たまにはいかにも「アジア」でない雰囲気のところに逃げたくなります。

カフェでの食べ物はともかく、ドリンクメニューの豊富さにはいつも驚かされます。南国らしく、マンゴー、スイカ、グァバなどのフレッシュジュース、ミルクシェーク、スムージーはコーヒー、紅茶に加えて定番で、バー風な店構えのお店だと、「モクテル(Mocktail)」があります。アルコール抜きカクテル(Cocktail)、つまりカクテルもどきです。さらに、もう少しアジア的なカフェにいくと、パール・ミルクティー(タピオカ入りのアイス・ミルクティー)や、「ABC」などと呼ばれる、飲み物ではなくてデザートのような、甘くて中にいろいろ入っていたりかき氷風だったりする飲み物があります。さすがに、いかにも甘そうでカラフルなドリンクを食事のお供にしているのを見ると、どうかと思ってしまいますが・・・。

カフェに来るのは、外国人と、やはり流行や新しいものに敏感な若い世代が多いです。友人は、カフェで「あまりイケてない若者たちが合コンをしている」ところを目撃したそうです。それは、行くところもないのですから、カフェで甘ーいモクテルを片手に合コンぐらい、いくらイスラムの国とはいえ、いいんじゃないかと思うのですが。

Tuesday, August 16

ゴッドハンド

癒し、といえば、マッサージ。年期のはいった万年肩こりに悩む私にとってうれしいのは、この国では意外なことに。マッサージがあちこちで気軽にできること。 ひとりで行けば、たいていのところは予約も不要です。

昨日もかなり疲れがたまっていたので行ってきました。

日本のようにクーポンマガジンや情報誌はなく、ネットで情報収集もできないので、基本は口コミと自分で歩き回ってお店をみつけます。すでに、10軒以上試していますが、値段の安さから考えればどこも悪くはなく、気に入ったところにはリピートしています。相場は、オイルマッサージで1時間$30~40。日本では10分1000円が最低価格なので、半額~1/3でできることになります。高級ホテル内の有名スパのように、まずはハーブティー、バスローブに着替えて、贅沢な空間でのんびり、アメニティーもそろっているというところは少ないです。もちろん、そういうところもありますが、当然値段もアップします。月に2,3回、多いときは週1回通うことを考えると、清潔感とそれなりの対応に、何よりもマッサージ技術重視です。

昨日のお店は、久々にいったのですが、当たりでした! ゴッドハンド、とまではいえなくても、かなりいい線をいっていました。オイルマッサージは、足から始まり全身ですが、特に肩と背中がひどいというと、念入りにやってくれました。なぜるような感じの英国式アロマよりも、少し強めのスウェーデン・マッサージやしっかり指圧タイプが好みです。ちょうどよい具合のマッサージ加減で、体の裏表、足の先から頭まで終わったときには、気持ちのよさとともにぐったりしていました。オイルで多少べたべたしていたのですが、そのまま着替えて、お店の前に停めた車で帰宅。電車に乗ったり、歩いたりしないですむのは、こういうときはうれしいです。

観光客が少ないこの国、どのお店もリピーターや地元の人を大切にします。自分の好みにあわないことはあっても、手を抜かれることはありません。ずいぶん間をあけていっても、名前を覚えていてびっくりということもあります。また、さすがイスラムの国、女性専用のところも多く、女性には絶対に女性がマッサージします。違う目的なのでは・・・と思うようなお店はまず存在しないので、どこでも安心して入れます。

日本では高級マッサージ機がブームですが、この国の唯一最大の贅沢!と思って、時間を見つけては生身のゴッドハンドを求めてさまよってしまうのです。

Monday, August 15

終戦記念日

今日は終戦記念日ですが、幸いなことに、この国では反日感情が強くありません。
デモがあったり、反日的意図が見える戦後60周年記念レセプションが企画されたりしている国もある中で、この国では今のところそのような話もなく、静かに1日が過ぎていく気配です。

同世代、戦争を知らない若い世代は、本当に親日派ばかりです。日本語を勉強していたり、日本のアニメに親しんでいたり、日本へのあこがれの気持ちを抱いていたり。日本人だとわかると喜んで話しかけてくる人が多いです。もちろん、日本軍占領を経験しているシニア世代からは、やはり戦争という過去を感じさせられることがあります。日本語ができたり、軍歌を覚えていたり、若い世代と違った意味で日本をよく知っているのです。それでも、こうした世代が、反日感情を抱き続け、対日批判をし、そのマイナスの気持ちを子孫に伝えていこうしなかったからこそ、良好な関係が保たれているのだと思います。占領下であまりひどい経験をしなかったせいなのでしょうか。また、一般的に、温和で穏やかといわれる国民性によるところも大きい気がします。

インドの独立記念日のお祝い広告ばかりの新聞を見て、ほっとしつつも、あまりに静かな終戦記念日に何か違和感も感じます。

Sunday, August 14

Dreams Come True

ダンサーになるのが夢!なんていうことは全くなく、運動不足解消と時間つぶしのためにやっているダンスですが、昨日のダンスの発表会のサブタイトルは、「Dreams Come True」。少なくともインストラクターたちは、リハーサルで「Be Professional!」と叫ぶなど、かなり真剣でした。

思えば、「recitalがあるから」といわれて、「発表会」ではなく「公演」だと思い、「誰の?」と聞き返していたぐらい他人事でした。発表会当日にいるのかどうか何度も念押しはされていたのですが、出張、一時帰国などで1ヶ月以上ダンスから遠ざかって、戻ってきたら、いきなり、練習、練習の3週間弱でした。

直前の練習もパスしてしまったので、当日の集合時間もはっきり確認できていませんでした。プログラムによれば、最初に夕食をとって、それから2回にわけてパフォーマンスが行われることになっていたので、まぁ、開始時間までにいけばよいのだろうと、パフォーマンスをしない友人たちと開始時間少し過ぎに会場に到着。さすがに、一緒に舞台に立つ友人たちの姿はすでに見えないので、慌てて衣装を詰めた袋を抱えて舞台裏に駆け込むと、すでにステージ・メイクばっちりで衣装に着替えたみんなが。宝塚風あり、もともと濃い顔につけまつげの強烈メイクあり、いつもの顔と違いすぎて一瞬誰だかわからない人あり、グリッターで顔も体もキラキラ状態です。どうも2時間前に来るようにいわれたらしいのですが、みんな1時間前など適当に遅刻してきたようです。さすがに最後に来たので、早く準備をしないと具合が悪いと思い慌てて最初の衣装に着替えました。メイクはいつもより濃いめにしてきたので、多少なおせばよいと思っていたら、メイクばっちりのインストラクターのひとりに、「ファンデーションは塗ってるの?」と聞かれました。どうみてもメイクしているのはわかるはずなのに、と思ったのですが、彼(ゲイなので彼女、というべきかもしれません)の目には明らかにナチュラル過ぎたのでしょう。そのあとは、メイク担当らしいフィリピン人のおばさんの前に立たされて、されるがまま。終わって鏡を見るようにいわれて、愕然。チークが顔中にはいりすぎて真っ赤なのです。何かと世話好きな友人が私の顔をみて眉をひそめて、早速修正。自分でも多少落として、どうにか我慢できる程度に。そして、慌てて準備した割りには、結局いつもどおり開始時間が遅れて、舞台裏で待つこと1時間弱。一緒に来た友人たちは置き去り、チョコレートで空腹をしのぎつつ、ようやくステージが始まりました。

1回目のステージは、50s、60s、70sをテーマに、ロックンロール、ジャズ、スウィング、ヒップホップなど。2回目のステージは、チャチャ、サンバ、ワルツ、タンゴなどのラテン、スタンダードが中心。私はほとんど1回目のステージだったのですが、引っ込むたびに着替えて出て行く状態で、踊るより着替えのほうが大変でした。特にミスもなく楽しく踊れて、無事終わってほっとしました。その後は、フロアを開放してダンスタイムとなり、ボールルームのナンバーから次第にディスコ音楽になって、かなり盛り上がった12:00頃、パーティーは終了しました。

一緒に来た友人が、フィリピンパワー恐るべし、というようなコメントをしていました。確かに、この国で圧倒的な数を誇るフィリピン人の人たちのラテンののりは、意外にラテンな中国系の人たちを巻き込んで、この一大ダンス人口にも寄与しているといえるでしょう。

私のダンサーへの道はまだまだ遠そうですが、ひとつのステージを一緒に作っていく楽しさというのを、また味わうことができたことは大きな収穫でした。

Saturday, August 13

ホームパーティー

昨日は、オーストラリア人やニュージーランド人の友人数人を家に招いていたので、仕事を終えてから大急ぎで帰って準備をしました。

一般的に、お呼ばれすると、ポットラック(一品持ち寄り)形式や役割分担がない限り、ワインかチョコレートなどを手土産にすることが多いです。また、パーティーの招待状に、BYOB(Bring your own bottle、飲み物持参)の文字が入っていることもあります。お酒の輸入、販売が一切禁止されているこの国では、欧米系(この言葉はあまり正しくありません。米国人の数は非常に少ないので、人数比率からいったら、豪欧系とでもいうべきでしょう。)の人たちには、まさに「自分の飲むものは自分でもってくる」スタイルが定着しています。昨日も、ビール、ワイン、ウィスキー、ソフトドリンクと自分の飲みたいものはそれぞれが持参してくれて、準備している間に、さっさと飲み出しつつ、手伝ってくれます。パーティーというと、つい構えてしまい、ものすごい豪華なお料理を用意しなければならないと思ってしまう人もいるかもしれませんが、いつも自分のできる範囲で手抜きもしつつ気楽にやっています。だいたい、呼ばれたときでも、dinner、といわれていなければ、乾きもののおつまみ程度しかないことさえあります。手をかけたお料理が何品も並ぶことはあまりありません。もちろん、食べ物も飲み物も欠かせない要素ですが、それがものすごいものである必要はなく、何よりも会話やその場の雰囲気が楽しいものであることが重要なのだと思います。

そうはいっても、盛り上がるにはやっぱりアルコール。お酒の輸入禁止といっても、非イスラムの外国人が個人消費用に持ち込むことは許されています。ただし、持ち込み量に制限があるため、国外に出るたびに持って帰るということになります。車で2、3時間もとばせば国境です。アルコールを入手するために国境に向かうという人も多く、昨夜来ていたニュージーランド人の友人は、毎週国境までのドライブを楽しんでいるということでした。意外に困るのは、料理酒やみりん、ワインビネガーも売っていないこと。昨日のお料理でも、ワインビネガーの代わりに普通のお酢、白ワインの代わりに日本から持参してきた料理酒、と、欲しい食材や調味料がそろわないときには、多少のアレンジが必要です。不便ですが、和食が準備できないとき、味がいまひとつ、と思うときの、よいいいわけにもなります。

昨日は久しぶりのワインだったので、途中から眠くなってしまいましたが、自分のおうちでホームパーティーをするメリットは、終わってから帰らなくてもいい、ということです。

Friday, August 12

コールド・ビズ

選挙戦ファッションはクール・ビズなのでしょうか。解散以来、小泉総理もネクタイをしているような気がしますが。

クーラーが苦手な私はクール・ビズ大歓迎なのですが、この国は、暑い国にありがちな、とにかくクーラーをがんがん効かせておくことがサービスという感覚です。肌を見せないイスラムの女性の格好は、クール・ビズの逆をいく、コールド・ビズ(あるいはホット・ビズ?)ならぬ、寒い室内環境に適したファッションといえるのかもしれません。ちなみに、男性も、ビジネスの間は民族衣装は少ないので、ほとんどネクタイをしめています。とにかく、寒さの押し売りと思わずにはいられない16度設定。昨日は半日ほどセミナーに出席していたのですが、膝掛け代わりのショールを忘れたため、終わる頃には足が冷え冷え。普段はクーラーをほとんどつけない生活をしているので、ホール、ホテル、ショッピングモールなどに長時間いると必ずといっていいほど風邪を引いてしまいます。

暑いといっても、39度を記録した日本の夏の暑さよりは過ごしやすい気候です。昼間はかなり暑いですが、夜は25~27度に気温が下がることが多く、熱帯夜はほとんどありません。窓を開ければいい風がはいってくることもあります。これで、光に誘われてはいってくる虫さえいなければ、かなり快適です。なぜか、ほとんど網戸がないのです。これも、窓を開けるという発想がないからでしょうか。高層階に住んでいるので蚊は少ないのですが、いちばん多くやってくるのはハチです。あとは、羽アリ。夜、スコールが降ったあと、巣が水浸しになったアリたちに、いきなり羽が生えて、新たな巣作りの場所を探して飛び立つのだそうです。羽は一晩ですぐに落ちてしまいます。大量発生した羽アリが、明かりにつられてどこからともなく部屋にはいってくると、翌朝は羽だらけになるのだそう。夜は照明をしぼりカーテンを閉めて自衛しているので、まだ被害にはあっていませんが、追い出すのも翌日のお掃除も大変そうです。

虫という問題はあるにしても、クーラーに頼らず、涼しい格好で過ごすというのがやっぱり快適だと思います。

Wednesday, August 10

明るい北朝鮮

そういえば、昨日はシンガポールのナショナルデーでした。
独立40周年ということで、日本の新聞では特集記事を組んでいましたが、こちらの新聞でも友好国ということで、関連記事にカラー写真を何枚も掲載。でも、中身はといえば、レセプションやシンガポールでの花火やイベントについてばかり。歴史や今後の展望のような、掘り下げた記事は皆無でした。

ご近所の国でそれなりに共通点も多いのですが、シンガポールのほうが、3歩ぐらい先を行ってる感があります。それでも、最近聞いたのですが、シンガポールは「アジアのスイス」「明るい北朝鮮」と呼ばれるそうです。「アジアのスイス」は、いいですが、「明るい北朝鮮」とは・・・。確かに、映画などの検閲あり、発禁雑誌あり、チューインガム禁止(今は、医療などのためには許可制で販売されているそうです)、トイレの水を流し忘れたら罰金などなど、とても清潔だけれど非常に人工的で、細かなルールにしばられた管理された都市。やはり民主主義はない国です。ただ、こうした厳しい禁止事項も少しずつ緩和されてきているとのこと。特に、文化の面では寛容になっているようです。立派な劇場・ホールがあり、最近はカジノまで認められています。アジアのハブ港、観光都市としての地位を維持していくための努力なのでしょう。

シンガポールの街を歩くと、普通にノースリーブの女の子たちがいます。おへそがでていたり、ミニスカートもいるし、要は自由なわけです。ノースリ派の私としては、街で自分が浮かないのでほっとします。昨日は、いつものノースリーブの上、ついうっかり、かなりミニのスカートのように見えるキュロットをはいてきてしまいました。ノースリーブはともかく、足がでているのが目立ったようです。外出するとさすがに視線を感じ、落ち着きませんでした。この国に来たばかりの頃は服装にも気を遣っていたのですが、露出度が高いといって宗教警察に捕まる、というほど厳しいわけではないので忘れていました。そういえば、こういう格好をする人はあまりいなかった・・・と周りを見渡しつつ、慌てて車に戻りました。